部屋には熱い空気が満ちていた。
 湿った音と、こもった体液。
 だが静雄はそれに満足してなどいない。
 絶対にだ。

「・・・・・・うっ・・・」

 静雄の上で思うさま腰を振っていた臨也が、短い声とともに、胎の中に白濁を吐き出す。
 幾度となく注がれたそれは、端からこぼれ出て、静雄に不快だけを感じさせた。
 静雄は内心で舌打ちする。
 何度か静雄の中で達した臨也と違って、静雄はまだ今日一度も達していない。
 熱い躰は、熾火のように奥に熱を燻らせたままで、物足りなさが拭いえない。

「はぁ」

 溜め息一つで、力の抜け切ったさして重くもない貧弱な躰を蹴り退ける。
 これまでの経験上、この辺りで一度インターバルを置く必要があることを、静雄はもう知っていた。

「うわっ、ちょ・・・シズちゃん?!」

 ずるりと臨也の抜け落ちた場所からは、夥しい量の精液がこぼれ出て、静雄はきゅると眉を顰めた。
 構わずに躰を起こして。

「シャワー浴びてくる。お前メシ作っとけよ」

 熱とともに感じる空腹に、それだけを言い置いて迷いのない足取りで浴室へと向かうのに、臨也の何かを諦めたような溜め息が、静雄の背を追った。

「りょーかい」

 短い息を吐くのと同じに吐かれる了承ともに。



―― disappointing dining table ――




「んっ・・・ふぅっ・・・ん」

 小さく息を吐く。
 自らの指で慰める後からは、だらだらと白い体液ばかりこぼれ出るのに、自分が一番感じる場所を指先で幾ら引っかいても、決定的何かを得られることがなかった。
 ただ、中途半端に熱が溜まっていくばかりだ。
 白く穢れた死する残骸たちは、排水溝に紛れて、やがては水へと還っていく。

「くそっ・・・」

 それ以上を無駄だと割り切り、適当なところで熱いシャワーを水へと切り替えた。
 こうでもしないと、篭る熱を冷ませそうになかったから。

「ちっ・・・あちぃ」

 それでも。
 冷えていく躰とは裏腹に、胎の底に燻るような熱さからは、どうにも逃れられそうもなかったけれど。





+++





 随分と長く感じる時間、だが多分実際には長すぎない程度、冷たいシャワーを浴びて、それでも静まらない躰のまま、おざなりに次は熱いシャワーで暖めて、臨也が部屋着にしている、やや大き目のシャツ一枚を身に着け、無造作に水気をタオルで拭いながら脱衣所を出た静雄を待っていたのは、暖かな湯気を立てる、美味しそうな匂いのビーフストロガノフ。
 この家にそんなものが作れる食材があったことに驚きつつ、一人分しか用意されていない食卓の椅子に、やや乱暴に腰掛けた。
 下着を身に着けないままの下肢に、椅子の感触が冷たく、一瞬びくりと躰を揺らしてしまったけれど、多分臨屋は気付いていないだろうと勝手な憶測で気にしないようにする。
 パスタの上にかけられた牛肉の肉汁は、滴るようで、それを舌に乗せることを想像して、つい、ごくりと一つ、唾を飲み込んだ。
 感じている空腹は、既に限界に近い。
 日付が変わって3時間。
 深夜を指す時計の針は、静かに、だが規則正しく二人きりの部屋を支配する。
 過ぎるほどには広い臨也のマンション、そのリビングで。
 向かい側に座った臨也は、頬杖をついて静雄を見ていた。

「・・・・・・いただきます」

 ぼそりと。
 だけど律儀に手を合わせて、ついと一つ箸を伸ばす。
 臨也の料理の腕は知っていた。
 いつだって静雄の舌が求めるままの味を引き出す、プライドが高いのか、たとえ短時間でも中途半端な食事など絶対に用意しなかった。
 口に運んだ一切れは、じゅわりと一つ歯を入れると、肉汁が染み出し、豊満な香りを湿った舌先いっぱいに広げて、想像しているよりもずっと豊かに静雄を満たす。
 かき込むように貪ると、それを見ていた臨也が溜め息を吐くのがわかった。

「シズちゃんってば。もうちょっと味わって食べてよ。ほら、髪も濡れたままだし」

 言いながら席を立って、静雄の後に回り、肩にかけたままだったタオルで髪を拭いだす。
 しっとりと濡れた痛んだ金糸に柔く指を通し、丁寧にタオルを操った。
 ひんやりとした臨也の指は、火照った躰に心地よく、口へと肉を運ぶ手は止めないままに、静雄はうっとりと目を細めた。
 ゆうに二人分程はあった大皿の中は、もうあらかた食べ尽くしている。
 臨也はそれを目の端に捕らえて、控えめに一つ、溜め息を吐いた。

「それにしてもよく食べるよね、シズちゃんって。普段はそんなこともないのにさ、こんな時だけ」

 俺なんて少しも入りそうもない。
 呟くのへ、片眉をあげる。
 何故、自分がこうも空腹を覚えるのか。
 いつか他でもないこいつ自身が、からかって見せていた筈だ。
 つまり。

 かしゃり。

 派手に音を立てて、わざとフォークを床へと落とした。
 それを拾いに、臨也が屈むのを解っていて、わざとだ。
 案の定静雄の足元へと屈んだそいつの股間を、強く。
 だが潰してしまわない程度の力加減で踏みつける。
 ぐりとにじると、びくりと臨也の肩が揺れた。
 静雄は得たりと口の端に笑みを刻む。

「いざや」

 粘つく唾液を伸ばすようにして名を呼んだのに、上がらない顔にますます楽しい気分になって。
 ぶるりと。
 床につかれた臨也の手が震えていた。
 股間を踏みしだいていた足を上げて、足先で臨也の頤に触れる。
 バランスを取る為に後ろ出についた手、体勢が変わったのに、肩にかかっていたタオルがぱさりと落ちた。
 静雄は笑う。
 嫣然と。
 何処か、蠱惑的に。
 今の、大き目のシャツ一枚と言う格好だと、臨也が少し視線を上げるだけで、緩く勃ち上がった静雄自身までが、全て彼の目には映ることだろう。
 勿論、その奥の、熱を持ったままの花片まで。
 だが、それでよかった。
 むしろその方がいい。
 燻ぶる熱は未だ熱く、静雄の腹の底に溜まるようで。

「はぁっ・・・ふ」

 息を吐いた。
 自分で思うよりずっと、熱く、重い息だ。
 触れさせた足の指先で、臨也の肌をくすぐる。
 それは曖昧で、でも確かで。
 彼が、視線を上げることをただ促していて。

「いざや」

 さっきよりもずっと甘い声で、名を呼んだ。
 びくりと、臨也の肩が震えて。
 その様子に、くつくつと喉の奥で笑みを噛み締めた。
 かしゃり、臨也の指先が触れていたフォークが、一つ微かな音を立てる。
 つまりは。

「足んねぇ」

 腹の奥が熱い。
 床を這っていた臨也の視線が、ゆっくりと舐めるように這い登ってくる。
 ようやくかち合った深紅に、静雄は目を細めた。

「なぁ」

 全然足んねぇよ、臨也。

 傾げた首に、今まで床を這うばかりだった臨也の手が伸びる。
 伸び上がってきた男の躰を、大人しく受け止めた。
 だって静雄は知っていたからだ。
 さっき足の指で踏みしだいた其処が。
 既に高度を取り戻していたことを。

「んっ・・・・・・」

 頬に触れる指先は冷たく、静雄はびくりと息を漏らす。
 躰は熱く。
 更に熱く。
 臨也の、決して太くなどない、だけどしなやかに硬い男の腕に身を委ねながら、耳に注ぎ込まれる冷たい透徹な男の声を聴いた。

「全く、シズちゃんってば我儘だよね」

 道具も薬もダメ、だのに満たせだなんてさ。
 俺にも限界ってもんがあるんだよ?

 男の声は、笑みを含んでいて。
 静雄もくつりと笑った。

「はん。せいぜい頑張れよ、臨也くんよぉー。俺は別におまえじゃなくてもいいんだぜ?」

 挑発するように僅か身を引いて見せれば、それをさせじと男の腕が静雄をとらえて。

「嘘ばっかり。俺じゃなきゃ触らせないくせに」

 それに。

 かしゃりと、拾われないままのフォークが、次は静雄の足に上がって、もっと遠くへと飛んでいった。
 だが、二人とも、もうそれに構うことはなく。
 ただ静雄は臨也の体温を感じるだけだ。
 躰を這う、冷たい手のひらの感触と共に享受する、熱い躰を持て余したままで。

 それに、そんなこと。

 耳に吹き込まれる臨也の吐息は、熱を帯びていた。

「俺が許さない」

 柔らかく絡めとるような独占の言葉に、満ちたのはきっと、多分心で。
 テーブルの上の皿は、まだ空ではなかったけれど。
 だけどそれよりももっと満たされる何かが欲しくて、静雄はゆっくりと手を逃すのだ。
 臨也の背を、抱きすくめるように。

 暗い夜のことだった。


Fine.


>>この静雄のイメージって、明らかに・・・(汗)


(2010. 5.10up)


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