まるで何かの再現かと思う。
 鮮やかな赤だ。
 火が。
 爆ぜる音に、かつてのよう、女達の悲鳴が混じらないのは、せめてもの救いか。
 静雄はぼんやりと座り込んでいた。
 紅い褥の上で。
 ただ。
 何も出来ずに。




―― feather of morality 8 ――




 あの男の手は、柔かった。
 それは初めての柔らかさで。
 こんな時ばかり。
 馬鹿馬鹿しくなる。
 馬鹿馬鹿しくなって。
 苦しくなって。
 頬を一筋、何かが流れた。
 いつか、枯れ果てて。
 流れるはずなどないと思っていた、それは涙。

「臨也」

 唇に、男の名を乗せる。
 其処に意味はない。
 意味などないのである。
 もう、意味など、乗せられず。
 ぼんやりと座り込んだまま、紅い褥を撫でた。
 今はもう何の熱も残さない、それは箱庭である。
 あの、小さな狭い空も。
 この、緑濃い高い空も。
 静雄にとっては同じ箱庭。
 まがい物の空。
 だが、唯一静雄が静雄でいられた空とも言えた。

「臨也」

 唇を、震わせる。
 それは音を伴わず、だが、確かに落ちる声。
 静雄の細い指は。
 終ぞ、何も生み出すことはなかった。
 かつても。
 また今も。
 ぱちぱちと火の爆ぜる音がする。
 静雄は立ち上がる。
 自分に出来ることは何もない。
 それを。
 わかっていながらも、なお。
 向かわずには、いられないからだった。





+++





 静雄はただ、腕の中の臨也を見ていた。
 白い頬で。
 紅い瞳で。
 静雄を、見て、笑んで。
 静雄が此処に来た時には、もうすでに朽ちる寸前のようであった臨也である。
 臨也の、頬についた傷を拭う。
 静雄は笑った。
 滲む視界に、どうしようもなくなりながら笑って。
 炎がごうと渦巻いて。
 立ち昇っていく空はただ紅い。
 紅い、紅い、血よりも紅い空である。
 臨也の。
 伸ばされた傷だらけの白い指を拒まず、そっとその上から己の指を添わせた。
 ふると震えるその指に、もはや力などなく。

「やっと・・・シズ、ちゃんの」

 声が聞けたね。
 吐く息と混じって、ごぷり、噴出した鮮血は紅い。
 ただ紅く流れ、静雄の着物にしみていく。
 紅い襦袢がますます血の赤に染まって。
 静雄は笑った。
 震える唇で笑って、滲む視界に臨也の、紅玉のような紅い瞳だけを映す。

「ばぁーか」

 ちりり、鈴の音が鳴った。
 臨也の足元から、焦げた鈴が鳴く。
 ほとり、ほとりと涙を落としながら笑みを刻む静雄を見て、臨也も笑って。
 ごうとなる炎の中で、やがて力尽きた腕は静雄の手から落ち、瞼は震えた。
 ゆっくりと。
 笑みさえ浮かべられながら。
 閉じられていくそれを、見えない目で、静雄はずっと見つめ続けたのだった。
 炎が舞う、紅い空に。
 まるで羽のよう。

「臨也」

 呟く声に、力などなく、淡く溶けて。
 臨也。
 次第に重さを増していく男の躰を抱きしめる。
 胸に。
 ぎゅっと。

「馬鹿だ。臨也。お前は・・・」

 お前は。
 ほとり、ほとり落ちる微かな滴は、臨也の頬に届く前に炎に溶けた。
 ひらり、羽が舞う。
 それは、炎の残滓・・・・・・――。

 ひらり、羽が舞う。
 真っ赤な羽だ。
 それは紅く色づいた木の葉。
 舞い落ちる羽。
 もしくは炎の・・・舐めるような残滓で。
 夢を見ていた。
 ずっと。
 ずっと。
 それは狐が焦がれて、かじりついた夢の欠片。
 臨也。
 紡がれる声に力なく。
 臨也。
 伸ばされる指は白いばかりで。
 臨也。
 苦しげに寄せられる眉を舐めて。
 ただ苦渋の中で。
 それでも手放せなかった、それは夢だ。
 ただの夢。
 狐にはわかっていた。
 シズちゃん。
 終ぞ呼べなかった彼の名は。
 狐にとっての永遠。

 炎は、舐めるように空を覆って。
 ただ舞い散る紅は。
 羽のように、二人を灰へと誘っていくのだった。
 夢は終わる。
 いつかは醒める、醒めるんだ。
 震える声は祈りとなって、空へ。
 夜の中に溶けて。

 残るのは、ただ・・・夢の残滓。

 それは夢だ。
 ただの夢。
 いつか夢は醒めて、現へと変わり、そして。

 羽がひとひら。
 ひらりと舞う。
 それは紅い・・・夢の欠片。

 砂塵に紛れて。
 いつか朽ちて。

 ずっと。


Fine.


>>なんか・・・まとまりきれてないですけど、一応これで完!発行本版には加筆ありますよ!(流石にね。)


(2010.11.24up)


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