朝焼けが遠くの空から差し込んでくる。
今日もまた、変わらない一日。
―― hour twenty four ――
不穏な匂いがした。
それは、本能のようなもので、気配だとか、そういったものですらない。
ただ、わかるのだ。
あいつが・・・この街にいると。
誰もが寝静まるぐらいの時間だ。
夜も空けやらぬ朝。
凍えた空気の中で、吐き辛い息を吐く。
切らした煙草が、今無性に恋しかった。
季節は春。
残寒厳しく、朝晩の冷え込みはここ数日頓に酷い。
本来ならそんな日に、できるなら外に出たくなどなかったのだが、(如何に他より頑丈に出来ているとはいえ、寒い熱いを感じないわけではないのだ。)愛用の嗜好品が切れているというのなら仕方ない。
昨今は24時間営業のコンビニエンスストアなども増えてきて、随分便利になったと思う。
ただ、それはそれとして。
問題はそんな所にはなかった。
「・・・・・・くせぇ」
それは嗅覚というには少し違っている。
例えようもなく、ただ今の空気が酷く醜悪に感じた、それだけで。
昨夜の仕事は少し長引いて、寝床にしている狭いボロアパートに着いた時には、疾うに日付も変わっていた。
そのまま。
やはり幾らか疲れもあったのだろう、ついうとうとと服も着替えないままに、転寝をしてしまって。
気付いたらこんな時間。
空はまだ暗く、だが夜というほどには闇ばかりでもない。
見慣れた街路の水銀灯が、目映いばかりに白い光りを弾いている。
静雄は、吐いても息の白くならないぐらいの肌寒さを、いっそ心地いいと思った。
感覚に訴えてくるのは、既になれたあの男の気配。
それは、寒さや暑さだとかでどうにかなるものでは到底なかったが、それでも暑いばかりだと、それだけで腹立たしく思うことも倍増するようで。
「っち」
口汚く舌打ちする。
今手元に嗜好品がないことが、酷く悔やまれた。
次の角を曲がると、繁華街の外れに出るから、コンビニまですぐなのに。
もう直だと言い聞かせて足を進める。
疎らな人影と、青白い街燈、それにうっすらと明るんできた空だけの街で、ふと、目の前に黒が過ぎった。
びくりと、知らず眉が釣り上がる。
望むと望まざるに関わらず、見慣れてしまった気さえする影。
好んで着ているファーのついた黒いコートを翻して前を行くのは、すんなりした細身の後姿。
ぶるりと、肩が震えて。
ぎりぎりと唇を噛み締めた。
「ぃいぃぃーーーざぁぁーーーやぁーーーっ!」
知らず唇から漏れ出した声は、恐ろしいほど低く、明けやらぬ大気を震わせた。
気付いた通行人が、まるでこの世ならざるものでも見たかのような顔をして足早に距離を取り始める。
そんなことにも構わずに、静雄は手に触れた何かを躊躇なく引っこ抜いた。
それは何か考えがあっての行動などではないし、ただ、そうせずにはいられなかっただけだ。
そのまま、静雄の声に振り返る黒い男めがけて振りかぶる。
道路標識だったらしい歪に曲がった白い棒は、風を切る速さで目当ての男の黒い髪、その毛先を掠った。
静雄の狙いに狂いはない。
ようは相手の男が避けたのだ。
「・・・・・・シズちゃん」
振り返って、身を翻して。
引きつった顔で口の端を歪めるのは臨也だ。
静雄の。
一等嫌いな相手。
一目だって見たくはないし、今すぐに死ねばいいのにとさえ思っている、いけ好かない男だった。
空けかけた朝に、これほど似つかわしくない男もいない。
否。
あるいは、よく似合っているというべきか。
「お前どうして此処にいるんだよっ・・・」
しかもこんな時間に。
朝焼けの闇が濃い中で、少し距離のある男の影は、なんだか常より滑稽なものとして静雄の目に映った。
静雄は口端に引きつった笑みを刻み、びきりと額の青筋を多くして軽く、たった今標識を振り抜いた腕を振る。
そんな動作にも少しも意味などなくて。
「やだなぁ、それはこっちの言葉だよ。シズちゃんこそ、こんな処で何してるのさ」
こんな時間に。
臨也が、人を小馬鹿にしたように肩を竦めて見せるので、静雄はますます頭に血が昇って、次はバチバチと青く音のする街燈を振りかぶった。
どごっと派手な音を立てて、アスファルトごと力任せに引き抜かれた鉄の棒は、やはり躊躇いのない軌跡を描くのに、臨也の方も躊躇うことなく身を翻して、その向こうに運悪く居合わせた見ず知らずの誰かの悲鳴を誘う。
幸いにして当たってはいなかったようだが、じゃりじゃり降り注ぐ音の波は、きらりと淡い朝の闇を照らして、鈍く瞬きながら地面に落ちた。
その欠片一つすら、臨也を掠めもしなかったけど。
静雄は肩頬を歪めたまま、かけていたサングラスをはずして、胸ポケットにしまった。
それは何時もそれをしまう場所で、つまりは・・・これまで幾度となく繰り返されてきた、”戦闘”の合図なのだった。
To Be Continued...?
>>続きを上げるかどうかは未定。。。
(2010. 3.11up)
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