「シ、ズ、ちゃん?」
ねぇ、もう死んでよ。
冷たく。
死を願いながら、縋るように手を這わす臨也の口は、歪な笑みを刻み付けていた。
―― love that decayed ――
愛している。
愛していない。
殺したい。
殺したくない。
いつだって心は二つで、だが一つだ。
一つきりだった。
それは臨也という存在が、一人きりだからだ。
人一人に一つの心。
そんなこと当たり前で。
だのに。
「はぁ、はぁ、はぁ」
獣のような息を吐く。
夜の路地裏は腐り落ちた廃木を歪めたような匂いに満ちていて、切れ切れの月が、曇った空にぼやけている。
裸の街燈がじりじりと点滅を繰り返し、蝿の羽が漕げる音が絶え間なく聞こえていた。
朱に染まった目元を隠すこともなく、ただ臨也は肩で息をして、目の前の化け物を見つめていた。
以外にも整っている顔を歪めて、にやりと。
それはそれは楽しそうに、音がしそうなほど色の薄い瞳を細め、片手で無造作にたまたまそこいら辺に落ちていたのだろう原動機付自転車を軽々と持ち上げている男を。
見つめて。
興奮に上唇を舐める。
微か汗と赤い体液の匂い。
舌先が痺れるようだ。
彼と。
ある意味では何時ものように、追いかけっこに興じ始めて。
今日はどれだけの時間が経っているのだろう、信じられないほどに興奮していた。
いつもだ。
いつもそう。
今日だってそう。
殺すつもりでナイフを突き立てた、頬骨の上の傷は、ナイフが彼の肌に口吻け出来るぐらいの距離まで、少しの代償を覚悟して踏み込んだから。
殺すつもりで、やはりほとんど刺さったりしなかったナイフを横に薙いで、彼の腹を露にしたのに、白く滑らかな彼からはほんの僅かの血液しか流れ出なく。
舌打ちをして、逃げた。
逃げて、だけど彼は執拗に追ってくる。
何時もは適当な処で撒いてしまうのだけれど、何時だって20回に1回ぐらいは、今日みたいにへとへとになるまで追いかけさせてみたりする。
(だって追いかけて欲しいから)
それでも、へとへとになるのは臨也だけで、彼は息一つ切らしていなかったけれど。
自らの行動の理解が、臨也はさっぱり出来なかったけれど、そんなことを考えるのなんて、もう疾うに放棄して久しく。
ただ、今こうして対峙する、それだけが全て。
彼にかかる思いは、いつだって一つきりでなんてないのだから。
荒い息は無様で、額から噴きだした汗をぐいと手の甲で拭った。
ぼとり。
どす黒いアスファルトに落ちるシミは何処までも堕ちていく深淵のようだ。
「いぃーーーざぁーーーやぁーーー?」
低く。
殺気の篭った声は、いっそ優しげですらあった。
ああ。
臨也は目を細める。
彼の痛んだ金髪が、じりじりと蟲の羽と一緒に焦げていく、そんな妄想が目蓋の裏に過ぎって。
ああ。
「シズ、ちゃん」
臨也は笑った。
笑ってもう一度跳躍する、飛んできた原付は辛うじての処で身をひねって避けて、握り締めたままだったナイフで、また一つ、彼に赤い傷を。
・・・・・・既に露になっている肌を、なぞる様に。
そのまま、ぎちゅりと浅い傷に指を這わせ、爪を立てた。
至近距離で見る彼の瞳は透けて、怒りに染まったいっそ狂気的とも言えるほどのきつい眼差しは、だけど澄んで。
何処までも澄んで。
ああ。
臨也は思った。
愛している。
愛していた。
臨也は、彼のことを愛しているのだ。
だが、殺したいほど、憎んでもいて。
それでも、物言わぬ本当の人形になった彼になど、きっと興味は抱けないのだろう。
そうであるならば、それは。
「シズ、ちゃん」
喉はいまだゼイゼイと苦しげに慄くけれど。
押し付けた鼻先に吸い込んだ彼の匂いは、どうしてか甘く。
・・・――ただの汗の匂いであるのに。
だがすぐに跳び退る、襲い来た彼の拳は臨也の髪の先を掠って。
臨也は笑う。
躰は熱く、下半身に滾った熱は苦しいほどだ。
だが、その苦しさがよかった。
あぁ、シズちゃん。
「俺が・・・殺してあげるから、ね?」
歪んだ笑みを口の端いっぱいに満たしながら。
次こそは彼を・・・その手に、かけるために。
暗い裸電球がジジとまた1羽。
虫の羽音を、焦がしたのだった。
蒸せるような、夜に。
Fine.
>>・・・なんだろう、コレ・・・・・・(をい)z
(2010. 3.19up)
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