それは決まって月のない夜だ。



―― midnight sun light :anecdote night without moon  ――




 静雄は躰が熱くなるのを感じた。
 熱くて熱くてどうしようもなくなって、そして。

「はふっ・・・」

 息を吐き出す。
 熱い息だ。
 荒く、艶めかしい息で。

「・・・あっ・・・・・・」

 声は微かだった。
 それだけだ。
 静雄の意識に、その続きはない。
 月のない夜に。





+++





 荒い息が響いている。
 夜の公園、薄汚い公衆トイレの中で。
 辺りにこだまするように水音がして、後は男達の生臭い息だけ。
 それだけだった。
 それだけ。

「あっ・・・はぁっ・・・・・・!」

 愉悦の混じった声は妙に高く、普段の彼からは考えられるはずもない。
 組み敷かれた白い肢体。
 ボロのようになった白いカッターシャツと黒いベストは、彼がいつも身につけているものだ。
 平和島静雄。
 池袋最強の名をほしいままにする金髪痩躯の彼は、だが今、昼の面影など欠片もなく、躊躇さえ何処かに削ぎ落とし、面識とてほとんどない男たちに足を開いていた。
 ぬらりと光るどちらのものとも判別できない体液は、彼の足の間から滴り落ちるのが特に酷い。
 胎内でぬるまってどろりと混じった生臭い白濁は、静雄の白い腿を伝ってスラックスの上に落ちる。

「あぁっ!!」

 静雄の後ろで彼に突き入れていた男が、どんと腰を打ちつけた。
 ぱしりと、肌と肌のぶつかる音がして、締りの悪い静雄の口からまた一つ甲高い声が上がり、周囲にいた幾人かの男達からは、下卑た舌なめずりが漏れる。
 個室ではなかった。
 その前の灰色に淀んだ床の上で、無造作につかまれた腕に、やはり抵抗するでもなく、静雄の細い躰がガクガクと揺れている。

「はは。いいざまだな、え?」

 平和島静雄さんよぉ。

 静雄の前にいた、見るからに下種な男が、伏せられていた彼の髪を無造作に引っつかんで無理やり上げさせた顔の前で、にしゃりと笑った。
 人の粗悪さがにじみ出るような笑みである。

「っ・・・!」

 苦しそうに眉根を寄せて、だが静雄の目には依然光などなく、自分が今どう扱われているのかすら、認識してはいなかっただろう。
 どろりと溶けたような躰と、ぬるりと染み出すような意識で。
 絡まるような舌が、決して明るくはない電燈に赤く、殊更赤く照らされて、口の端からこぼれる濁った滴ごと、彼を酷く醜穢に見せていた。
 だが、同時に妖しく。
 蜜に群がる蜂のように、男達の劣情も誘う。
 後ろに立つ男が、一際強く腰を打ちつけた。
 ぱしり、ぱしり、肌のぶつかる音と、体液が溢れさせる水音は、ますます淫靡に周囲をぼやけさせて。

「あっ・・・ぁあっ・・・・・・」

 赤い舌に誘われるようにして、男が顔を近づける。
 奪った唇は甘く。
 男は笑った。
 それは紛れもない嘲笑であり、何処までも下卑て。
 静雄は、何もわかってはいなかった。
 ただ、わかってはいなかったのだ。
 そしてこんな夜の終焉は決まって。

「・・・・・・・・・シ、ズ、ちゃん?」

 小汚く。
 腐臭の匂いのするその場所に。
 ひそりと、影のように踏み込んできたのは、まさしく影で。
 次に駆けたのは風。

『うわぁっ・・・!』

 濁った声は幾つか。
 少なく、だが一瞬。
 そしてそのあとに残ったのは・・・漂う鉄錆の匂いと。
 ぺたりと。
 開放されて。
 床に尻を吐いて、影を見つめる静雄だけだった。

「本当に君は・・・悪い子だね?シズちゃん」

 影は笑む。
 どろりと笑む。
 濁って溶けた静雄の瞳は、だけど影を朧に映し。

「い・・・ざぁ、や・・・?」

 ただ、粘っこく滴るような声で、影の名を呼んだのだった。
 月のない夜だった。
 薄汚れた公園の公衆トイレで、それは。
 ただ、ありふれた光景で。

 月のない夜に。


Fine.


>>こ・・・これ・・・誕ぷ・・・れ? す、すみませんorz


(2010. 3.25up)


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