その背は・・・・・・――酷く、寂しそうだった。



―― drawn close over ――




 臨也にとって。
 自分が恋をしているなんてことを認めることは、容易ではなかった。
 まして相手は彼である。

「シズちゃん」

 画面越しに彼を見る。
 新宿一等地、臨也の自宅兼事務所。
 定位置であるパソコンの前に座って。
 気怠げに臨也は、彼を見ていた。
 画面の中で、金の髪が翻る。
 向かってきた某かを蹴散らして。
 引っこ抜いた街路脇の標識を振りかぶって。
 最初の攻撃で傷を負ったのだろうか、赤い血が一筋、額から飛び散っていく。
 それは見慣れた光景だ。
 何度となく見てきた。
 臨也は口端を歪めながら、つと、画面に指を這わせて、彼の輪郭をなぞる。
 だが、彼のほほのあった場所は、一瞬で何もない空間へと変わり、彼の動作を指が追いきれるはずもない。
 そもそもがはじめから、追うつもりなどないのだ。
 ぎゅっと。
 手のひらを握り締める。

「ははっ・・・まったく。君は相変わらずだよ」

 乾いた笑みは苦く。
 ただ苦く。
 臨也にはわかっている。
 わかりたくは、なかったけれど。
 よく晴れた日だった。
 窓の外には青空が広がっていて、東京の薄汚れた空でさえ、そうしていると少しだけ晴れやかに見えて不思議だ。
 小さな電子の箱の中では、彼の金の髪がキラキラと光を弾いて、額を流れる赤い一筋が視界の邪魔にでもなったのだろうか、無造作にて指で拭われたそれは、地面へと振り払われて。
 血などきっと疾うに止まっているのだろう、臨也の口端は歪んで、歪んで、ひくりと。
 ひくりと一つ震えた。
 ひとしきり暴れ終わったのだろう、遠巻きに見る通行人たちの真ん中で、彼はしばらく動かずにいる。
 ちょっとした手段で、街にいくつか取り付けた定点カメラの映像。
 監視用のそれなどより、よほど鮮明なそれは、あるいは臨也の目でもあった。
 ただ、そうして電子になって運ばれる映像は、彼の姿を追うことに費やされることが多かったが。
 今、臨也に見えるのは彼の背中だけだ。
 広く、だが細く、頼りなくさえ見える彼の背。
 まるで迷子の子供のような、所在なさげな後姿だけ。

「シズちゃん」

 呟く。
 彼の名に色はなくて。
 臨也はただ苦く、唇を噛み締める。
 シズちゃん。
 臨也にとって、自分の感情を素直に認めるなんてことは、容易でなどあるはずがなくて。
 まして相手は、彼である。
 苦く、苦く、口端を歪めて。
 そして。
 ぷつり、噛み切った唇から、血の味が広がった。
 まるで甘露より苦い鉄錆の味だ。

『臨也』

 聞こえたのは、ただの幻聴だったけど。





+++





 抱き締める、抱き竦める、細い背、薄い躰、組み敷くのが容易であった例のないしなやかなその肢体。

「シズ、ちゃんっ・・・」

 荒い息で翻弄して、これ以上はないというほどの快感に溺れて、でもいつだって終わりを見ていた。
 金の髪が紅いシーツの上で踊る。

「いざっ・・・やぁっ・・・!」

 はふりと吐かれる息の、どれだけ甘美なことか。
 彼の声が、息が、甘ければ甘いほど、ただ臨也は苦しくてたまらなくなるのだ。
 苦く、辛く、厳しい。

「シズ・・・ちゃ、んっ・・・」

 組み敷いた白い肢体、強靭な魂、甘いばかりではないその存在は、そのまま臨也にとって、毒でしかなく。
 ぎり。
 唇を噛む。
 広がる血の味さえ甘いような気がして、頭の芯がジンと痺れた。
 手を伸ばした指先で触れるのは、きしむ、金の紙。
 そのまま滑らせて白い頬をきつく掴んだ。
 爪を食い込ませて、走る紅い筋に舌を寄せて。
 滲む血の甘さは、自分で傷つけた唇のそれより、当然のように酷くて。
 ジンジンと疼くのは頭だ。
 そんなこと、わかっていた。
 わかっていたけれども。
 揺れる、揺れる、揺らす。

「あっ・・・ぁっんんっ・・・・・・」

 低い呻き、甘い吐息。
 まるで夢のような毒。

「シ・・・っズ、ちゃっ・・・んっ」

 繋げた腰から響くのは、ずちゅりと濡れた水音だけで。
 もう、どちらのものともわからない体液に塗れて。
 なおも白く輝くような肌。
 きつい眦の琥珀が揺れた。

「い、ざ・・・やぁっ・・・!!」

 紅い唇、甘い吐息、誘われる、誘われる、これは何。
 これは誰。
 これは・・・これは・・・。
 紅いシーツの波の中で。
 陶然と踊る彼の白い肢体は、そのまま臨也にとっては。
 甘い、甘い、毒なのだった。





+++





 朝焼けに沈む。
 それは見慣れた街並みだ。
 一面硝子張りの部屋の窓からは、薄く、朝陽が射し込んでいる。
 臨也はぼんやりとそれを見ていた。
 腰掛けたベッド、後ろでは溶けるように熱い体温。
 反吐が出そうだ。
 甘い気配、濡れた温度、それを。
 心地いいだなんて、感じる自分自身に。
 吐き気がした。
 臨也にとっての恋なんてものは、いっそ自覚したくなかった感情だ。
 だが、自覚した、認識してしまった、苦しいばかりの己なのだ。
 薄墨の街は、静謐で濁っている。
 まるで自分自身のよう、それは鏡。
 唇をきゅっと噛み締めた。
 ぷつり、血の味が滲む。
 と、その時に。
 確かに僅か離れていたはずの体温が、背を覆って。
 そのまま抱き寄せられて。
 とさり、二人分の体重を緩く受け止めたシーツが沈んだ。

「・・・・・・シズちゃん・・・」

 臨也に縋るような手に、力がこもる。
 でもそれは臨也を傷つけない力だ。
 彼は何も言わない。
 何も言わずに、臨也の背を抱いて。
 臨也はただ、薄墨の街を見ているのだった。
 イビツに歪んだ視界が滲む。
 それはきっと。


Fine.


>>エロの無理やり感と、他との類似っぷりが・・・(目逸らし)


(2010.11. 7up)


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