好きになるのに、理由があるなんて思えない。
 否、何かしらの理由はあるのだろう、ただそれを明確に言葉にするのが難しいだけで。
 だから。



―― chain binds you ――




 いけ好かない、男だった。

 あの男と初めて会ったのは、高校に入ってすぐ。
 同じ中学だったのだと、共通の知り合いである新羅からの紹介を受けて。
 黒い髪がさらさらしていた。
 目映いばかりの真昼の光の中で、紅い瞳だけが酷薄に笑う。

「よろしく。平和島さん」

 取り繕うようにでもなく差し出された笑顔は、だけどどうしてだろう、禍々しくしか思えずに。
 知らず寄る眉根、不機嫌さを隠しなどしない。

「おぅ・・・」

 短く応えて。
 それだけなのに、どくり、高鳴った胸に誤魔化すことなんて出来ずに。
 それ以来ずっとだ。
 ずっと。
 多分俺は、あの男に捕らえられている。





+++





 夢を見ていた。
 うつらうつらと。
 移ろうように、取り留めなく浮かんでは消えていく。
 それは記憶。
 確かにあった、あの男との。

 初めて。
 あの男が静雄に触れたのは、高校2年の時だ。
 暑い夏の日だったと思う。
 1学期も終わりに近づいて、夏休みを目前に控えたテスト期間最終日。
 滴る汗が、不快で。
 季節柄、薄いシャツ一枚の静雄の胸元が、いやにくっきりと下着を透かせていた。
 育ちのいい豊満な頂きははちきれそうな若さだ。
 教室で。
 二人きりしかいない放課後。
 帰ってもすることのない静雄は、クラスメイトのように開放感に浮かれきることも出来ず、帰りそびれて、暑さにだらりと机に懐いている。
 何故だか同じように残っていた臨也が、興味の薄そうな顔で頬杖をつきながら、だけど見るともなく静雄に視線を向けていた。
 滴る汗が額を滑って、ぼたり、机にしみを作る。
 開け放たれた窓から入る風は、真夏のそれ、涼というには生温く、遠くグラウンドを使う野球部の声。
 潮騒のような蝉時雨。
 どうして、其処にいたのだろう。
 決して仲などよくない男と、二人きりで。
 その頃にはもう、もとより確実であった確執は、どうしようもないほど深くなっていたのに。
 多分きっと、暑さの所為で。

「シズちゃん」

 ふとこぼれた男の声は、酷く透明だった。
 常の通り冷たく、色がない。
 ゆるりと、気怠い動作で頭を起こす。
 べたついた短い髪が、首筋をなぞって。
 やはり、不快だと思う。
 どうしようもなく、ただ暑い。
 男は。
 笑っていた。
 色のない声とは裏腹に、ぎらぎらと隠しきれない欲を、その紅い瞳にちらつかせて。

「シズちゃん」

 と、もう一度名を呼んで。
 黒い髪が、汗で湿っている。
 嗚呼、この男も汗など流すのだなぁと、ぼんやり思っているうちに、伸び上がって迫ってきた唇が静雄のそれに触れていた。
 ああ。
 ほんの一瞬の交わり。

「いざや」

 浮かされるように呟いた名は何。
 伸びてくる手を、どうしてだろう、拒もうなんて欠片とて思わない。

「あっ・・・あっ・・・」

 堕ちるようにして喘ぐ。
 見た目よりずっと硬い腕。
 今まで幾度となく、静雄を傷つけ続けてきた腕。

「あっ・・・あっ・・・」

 指は制服のシャツごしに胸を揉みしだいて。
 柔らかく頂きを押し潰す。
 乱されていく白く砦と、男の熱と。
 ただ熱い。
 頭の芯が痺れたようになって、ちゅっと幾度も押し付けられる口吻けは柔くて。

「ねぇ」

 何度そうして触れた時だったろうか。
 ガタリ、音を立てた机、静雄は疾うに床に押し倒されていて。
 覆いかぶさる男の向こうの天井は、見慣れたような見慣れないような教室のそれ。

「ねぇ」

 男の声だけが、やけにはっきりと静雄の耳に届く。
 男の指は胸と、そして短いスカートの裾から、白い腿に触れていて。
 つと。
 撫でられるのに、小さく微か、声が漏れた。

「あぅふっ・・・」

 さっきの浮かされたようなそれよりもずっと、湿り気を帯びた声。
 頭が熱に白く霞む。

 ねぇ。

「どうして・・・抵抗しないの?俺、都合のいいようにしか、考えない、よ・・・?」

 声は密やかで透き通って。
 耳朶をなぶるように染み込んでいく。
 静雄はきゅるりと唇を噛み締めた。
 躰が熱い。
 抵抗など。
 どうして出来ただろう、応える代わりに、熱に浮かされたように潤んでいるだろう視線を逸らす。
 何かを。
 言葉にするのでもない。
 かと言って男の行動を感受するままの様子で。

「シズちゃん」

 男の声が、また一つ耳朶をなぶって。
 ぴしゃり、舌で食まれる。

「っん・・・」

 びくり、躰を震わせた。
 男の手は止まらずに、じれったいほどの微かさで静雄の躰中を這い、先ほどから乱されていた服がもっと更に静雄を暴いていく。
 ぷちり、ぷちり、はずされたシャツのボタン。
 露わになった乳房が、温い外気に触れ、ずらした下着の隙間から、男の指が直接に胸の頂きを摘んだ。

「ぁあっ・・・!」

 びりびりと背筋に震えが走る。
 感じたことのない感覚。
 さっきからずっと。
 ずっとだ。
 ただ熱くてじれったい、むず痒いようなたまらない感覚が、躰中を苛んでいる。
 立てた膝、開かされた足の間には男の躰が捻り込まれていて、捲れ上がったスカートが、誰の目にも触れたことのないあわいを、慎ましく覆う下着までを覗かせていた。
 男の指がつつりと肌をなぞって。
 時折きつく、若く張りのある肉を圧す。

「シズちゃん」

 男の唇が耳朶から頬、頤から首筋を通って、ちゅっちゅっと軽い音の口吻けとともに胸元まで辿り着く。
 静雄の意識の外で、ピンと天を向いた肌より僅か熟れた色の頂きがふるふると甘い果実のように震えていた。
 掴まれて、握りこまれた乳房、絶妙な強さで男の指が、もみゅもみゅと白くまろやかなそれを揉みこみながら、唇は躊躇なく頂きをくわえ込む。

「んんっ・・・・・・」

 今まで出一番強い刺激に、静雄の睫毛がぱさぱさと音を立てて空気を揺らして、窓の外が酷く遠かった。
 意識が熱に霞んでいく。
 ぴちゃっきゅるぅ。
 吸いつかれたどうしようもない感覚も、やはり惑いなく初めて感じるもので。
 男の動きは、どれもこれもあくまでも柔く、だけど何処にも容赦などはないのである。
 胸をそうして刺激しながら、もう片方の手はするり、下着にかけられて、白く薄く頼りない布が、男の指で意味を失っていく。
 器用に足から抜き取られたそれ、静雄の下着を剥いだ男の指は、休むことなく足の付け根にかれられたのだった。

「はぁっんっ・・・!」

 もとより温い気配が、火傷しような熱を孕んで。
 ぬるぬると指が沈められた其処は、自分でさえ触ったことのないような場所。
 くちゅり、はしたない水音は、舐めしゃぶられた胸元からだったろうか、それとも。

「・・・・・・濡れてる」

 頂きから口を離さずに、くぐもった声で男が呟いた。
 びくり、躰が震え、かっと頬に血が昇る。
 居たたまれないほどの気恥ずかしさに、はじめて男の手から逃れるように身を捩って。

「っ・・・やっ」

 小さく、拒否の声が漏れた。
 だけどその声はどうしようもないほど濡れて、自分でも初めて聞くような甘さを含んでいる。
 今日は、真実初めてのことばかりだ。
 躰からはすっかりと力が抜けきっていて、そんな状態と呆けた思考では、ただそうして首を振ることぐらいしか出来ない。
 震える躰を、自分の意思では抑えること一つ出来ずに。

「何が、や、なのさ。恥ずかしいの?ふふ、大丈夫。俺は嬉しいから。何処も彼処もとろとろで、恥ずかしいアソコもすっかり濡れて、やぁらしくって・・・・・・・・・初めてなのにね」

 ちゅぱん、大きく音を響かせて、胸元から唇を離した男が、はやり熱を持たないままの透き通った声で耳の奥までをなぶっていく。
 べろり、紅く熟れた静雄の唇の端に舌を寄せて。
 くちゅくちゅと下肢からはひっきりなしに水音が漏れていた。
 まるで躰が男の言うように、とろとろと溶けていくようで。
 躰の奥から、溶けて、一度なくなった形は、次に、男の思うとおりに変えられていく。

「あっ・・・うっ・・・」

 ぐちゅり、沈められた指が数量を増して静雄の胎へと潜り込んできた。
 容赦のない、だけどどうにも優しいばかりの指の動きに、熱がどんどん溜まっていって。
 ただ熱い。
 自分ではどうしようもない熱。
 ガチャガチャとベルトをはずす耳障りな音が、妙に耳に響いて届いた。
 つと汗が白くまろい肌を伝って、その肌・・・腿で感じた熱。
 思わず身を竦ませた。
 熱い。
 ぐちゅんっ、水音ともに胎の中から引き離された指が、艶かしい内腿にかかる。

「怖いの?・・・・・・大丈夫、痛いのは最初だけだって。すぐに気持ちよくなるからさ・・・逃げないでね?」

 シズちゃん。

 唇に名を息ごと吹き込まれるのと、どうしようもない熱が躰を引き裂くのが同時だった。

「んんんっっ!!!」

 悲鳴は男の口の中に飲み込まれて。
 ずりゅっと、体液ごと胎に押し込まれる熱と痛み。
 目の奥がチカチカした。
 だのにやはり男の動きに容赦などなく、ぐいぐいと躰の奥の奥までを侵していく。
 男も息を詰めて、ぼたり、男から滴った汗が、静雄の白い肌に落ちた。
 ずりゅっ、ずりり、ずずっ・・・。
 鈍い水音を伴って、躰が裂かれるような痛みが奥まで届いて、もうそれ以上入らないと思うのに、それはどんどんと静雄の胎に押し込まれていって、実際はきっと、ほんの一瞬だったのに、静雄にはまるで終わらない永遠のようにも感じた瞬間、ぱしん、肌と肌のぶつかる音がした。

「んっ・・・くっ・・・きっつ・・・・・・んっでも・・・ほら、全部、入ったよ・・・」

 くちゅり、唾液を引きながら離れた男の唇が、さすがに荒く息を切らして、掠れた声を、静雄の唇の端にこぼす。

 ふふふ。
 シズちゃん。

 はぁはぁと獣じみた雄の息遣いに、痛みも忘れて一瞬、頭が真っ白になった。

「あぁっ!!」

 ずりゅ、やはり音を立てながら、押し込まれたそれが引かれていく、震えるような感覚に高い声が漏れる。
 静雄の足を開かせた男の指は、次には腰に添えられていて。
 静雄はなすがまま、男の動きに喘ぐことしか出来ないでいた。
 引き攣れたように、男で満たされている下肢が熱くて痛くて。
 響く水音がただただ卑猥で。
 この行為を、知らないはずもない、だけど静雄は今、そんなことを考えることも出来ずに。
 震える躰が、未知の感覚に咽び泣いた。

「ああ・・・っ」

 一度引き抜かれたそれが、また押し込まれ、何度もその動作が繰り返されていく。
 はじめはゆっくりだった男の動きが、だんだんと早さを増して。
 熱くて。
 ただ熱くて、痛くて。
 翻弄される熱に、義理と両の指が床を掻いた。
 何処にも縋ることが出来ない、静雄の白い指が、躰中で一番強張っていて。

「あっあっあっあっ」

 熱くて痛くて、ただそれだけなのに、それでもその動作の中で、男に一番何度も何度も奥まで押し込まれていくうちに、何がしか痛いだけではない感覚が、じわじわと背筋を這い上がっていく。
 それは、胸や下肢をなぶられていた時に感じていたむず痒さ。
 それが酷くなって、たまらなくなって、思考がどんどん白く塗りつぶされていって、そして。

「ぁぁぁああああぁっっ!!!」
「くっ・・・!」

 それが頂点に達した時、どくり、胎の奥が、今までで一番熱いものに満たされたのを感じたのだった。
 白んでいた意識が、飛んで、それがゆるゆると戻ってくる時に。
 ふっと、今まで遠ざかっていた窓の外の音が、いやにはっきりと耳に届きだす。
 野球部の、球を打った音。
 生徒の、掛け声や、絶え間ない蝉のけたたましさ。
 潮騒のように寄せては引き、だが絶えず。
 はぁはぁと息が荒い。
 それは静雄のそれだけではなく、男も同じで。
 肩で喘いだ。
 ずるぅ、互いの体液を絡ませながら、躰から男が抜け出ていく。
 どろどろと、気持ち悪いほどのたまらなさを股の間に感じた。
 ぬるぬると濡れて。
 ふと、ずっと知らず閉じていた瞼を押し上げた。
 男の欲を孕んだ紅い瞳が、じっと驚くほど近く静雄を見ている。
 言葉はなかった。
 蝉が鳴いている。
 ぽたり、滴った汗が肌の上で混じって。
 引き寄せられるようにして落ちてきた唇は、互いの汗の味がした。





+++





 どろどろと意識は行ったり来たりしている。
 あれは、初めての時の記憶。
 あの男との、初めての交歓。
 決して乱暴でなどなかったあの時から、行為の際、胎の中に男の白濁が注ぎ込まれなかったことはない。
 だからこれは、当たり前の結果で。
 否、もうとっくにこうなってもおかしくはなかったのだ。
 それこそ、学生の時からずっと。
 だのに。

 ゆるりと、瞼を押し上げた。
 明るく白いそれは、多分人口のそれ。

「ん・・・んぅっ・・・?」

 見慣れたような見慣れないような天井に眉根を寄せた。
 翳るように視界に入ってきた影に、もう一度瞬きをする。
 ゆらゆらと気遣わしげに、首の先で黒が揺れていた。

『ああ、静雄、気がついたのか?!』

 ぱちりぽちり、焦るように素早く打ち出されたPDAが、見える位置まで掲げられる。
 見慣れたそれに、少しだけほっと息を吐いた。

「セル、ティ・・・?じゃぁ此処は・・・」

 出した声は掠れていて。
 頭の芯がぼやけたように鈍くしか感じられない。
 それは躰も同様で。

『ああ、新羅の家だ。もう、大丈夫だからな!』

 影がゆるく、笑ったような気がした。
 静雄は知らず、眉根を寄せた。
 ぎゅる、腹の上にあったらしい手を、意識せずそのまま握りこむ。
 まるで其処を抱えるように。
 縋るように。

「子供、は・・・」

 小さな声で、続けた。
 気になったのは、ただ、それだけで。
 はっと、何かを感じたように、一瞬止まった影は、だけどすぐにPDAを差し出して。

『あ、ああ、大丈夫だ!子供も無事だぞ』

 その字を呼んで、ほっと息を吐いた。
 ほんの少し前に気づいたばかりのその事象。
 気を失う前のことを、静雄は覚えている。
 ただ、あの男が欲しくて、貪って。
 その結果感じた痛みに、文字通り全身の血が引いた。
 ぞっと恐ろしくなって。
 わかっていて、求めたのに。
 わかっていて、それでも。
 ただ欲しくて、求めたのに。

 はは、情けない。

 歪な自嘲は、口の端にすら乗ることはなかった。

「そう、か・・・・・・よか、った・・・」

 ふっと、それだけを影に向けるので精一杯で。
 また、どろどろと意識が沈んでいく。
 今度は少しだけ安堵しながら。

『・・・静雄?眠ったのか?』

 気遣わしげな気配を、少しだけ心地よく思って。
 それきり。
 意識が、浮上することはなかった。

 うつらうつらとたゆたう、それは記憶。
 静雄は、一目惚れなんて信じていない。
 あの男に向かう感情につける言葉を。
 それ以外は、知らなくて。

 だからそれは確かに。
 恋だったのだ。

 幼くて稚拙で一途な。

 それが実を結んだ時、ただあの男を。

 離せない、離さない。

 それが妄執でなくて、なんだというのだろうか。
 静雄には何も。
 わからないのだった。


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>>なぜか初えちシーンが入った、だとっ?!まさかの・・・・・・続きますorz


(2011. 5.29up)


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