雨のように降り注ぐ、それは夏の象徴。



―― 蝉時雨 ――




 キスをする。
 暑い中、木陰にもたれてキスをする。
 まるで人目を避けるように。
 公園の一角。
 でも奥まってすぐには、見えないところで。
 っと、額から流れ出た汗は、静雄の頬から臨也のそれに移って、男の黒い服へと消えた。

「んっ・・・ふっ・・・・・・っん!」

 重ねた息が沈むのへ、握りこんだ静雄の手の甲がぶるりと震えて、それを薄く開けた視界で認めた臨也は、彼に気付かれないようにひそりと口の端を歪める。
 それは勿論、笑みのカタチに。
 蝉が鳴いている。
 頭上で高らかに生を歌って。
 木の幹に押し付けた躰は、臨也のそれより高く、また薄い。
 金の髪がきらきらと陽光を弾いて、滑らかで白い頬に落ちた葉陰が、踊るように滑っていく。
 赤く染まった目尻に、酷く劣情をそそられた。
 背筋がぞわぞわする。
 吹く風は木陰ゆえか、ほんの少しの涼をまとって。
 肌にまとわりつく汗を、ほんの微か連れ去った。
 蝉が鳴いている。
 降るように。
 注ぐように。
 甘い唇。
 熱い躰。
 臨也の肩に添えられた静雄の指は震えて。
 少しも、力が入らないようだった。
 不様だと思う。
 池袋の喧嘩人形が聞いて呆れる。
 少しも慣れることのない彼は、臨也に。
 こういう風に触れられると、すぐにも前後不覚に陥って。
 臨也の腕は、彼を。
 きつく、抱きすくめている。
 熱くて細くて薄い躰。
 ぎゅっと腕の中閉じ込めて。
 嘲って、笑い飛ばしたいはずなのに、臨也が彼をまさぐる手が、不埒に彼の躰を這い、腰を絡めとり、決して柔らかすぎることのない、まろい双球をわし掴んだ。
 揉みこむようにして、指が奥へと食い込むのにも、静雄はびくびくと瞼を痙攣させるだけで。
 だけど。
 パシッ。
 乾いた音がして。
 臨也の頬には、鈍い痛みが走っていた。
 どんな意図もなかっただろう。
 もし意図的であったとするならば、こんな物ですんでいるはずがない。
 ただ、彼はほんの少し抗っただけだ。
 力の入らない腕を振って。
 執拗な口吻けから逃れようと。
 それがただ、臨也の頬に当たっただけだろう、だが彼の抗いとしてはそれで充分だった。
 臨也は名残惜しい彼の躰を、手の内から放す。
 荒く息を付く震える肩は、支えを失ってずるずるとしゃがみこんだ。
 金の髪が木の幹にはりついて、乱れて。
 まるで残像のよう、陽の光がきらきらと零れ落ちる。
 赤く、潤んだ目元で、きつく臨也を睨みつけてくる。
 それは常の彼からは想像も出来ないほど、草食動物然としたそれで。
 蝉の声が、煩いほどに響いていた。
 ああ、頭の芯が暈けるようだ。
 臨也は笑った。
 それはイビツな笑みで、嘲笑。
 しゃがみ込んだまま。
 臨也を睨みつけていた静雄が、くっきりと目を見開いて。
 そして耐え切れないというように目を逸らす。
 臨也の笑みに。
 彼は何を見出したというのだろう。
 そんなこと臨也にわかるはずもない。
 静雄のその態度に、虫唾が走った。
 赤く染まった目尻も、気まずげに逸らされた瞳も輝く金の髪ですら。
 酷く。
 酷く凶暴な気持ちになって。
 蝉が鳴いている。
 夏を盛りと、鳴いている。
 ギリと唇を噛み締める。
 滲む血の味に、知らず寄る眉。

「・・・・・・バカバカしい」

 唾を。
 吐き捨てるようにして投げ出したのは、ただの音だ。
 くるり、踵を返して土を踏む。
 ざわざわと揺れる葉陰が、足元で踊って。
 ざしゅっ。
 踏み潰した何かに、構うこともなく。
 残されたのは打ち捨てられた金の残像と。
 踏まれ、崩れた蝉の死骸だけ。
 蝉が鳴いていた。
 夏を盛りと。
 それは――・・・・・・。


Fine.


>>イミフ短文になってしもうた・・・思ってた以上に。


(2010. 8.30up)


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