―― not happiness, not smile 3 ――




 折原臨也は目を眇めた。
 手の中には一通の手紙がある。
 真っ白な封筒。
 差出人はなし。
 宛名として書かれた名前も、彼のものではない。
 何処から入手したのか、それはあの手紙だった。
 中身など見ずともわかっている。
 だってこれはいつだって。
 同じ文句しか書かれていないのだから。

「いつも、見ています、ね・・・・・・」

 常の通りの彼のオフィス、定位置である窓際の椅子に座り、机にもたれかかってついた頬杖、ひらりひらりと白い封筒を振ってみる。
 目の前で。
 ひらり、ひらりと。

「くっくっくっ・・・ははは!ははははは!」

 滑稽じゃないか。
 こみ上げてきた笑いを、堪えたりなんてしない。
 その手紙は、あのいけ好かない少女に宛てて送られたものだ。
 真っ白な封筒。
 真っ白な便箋。
 真っ赤な文字で、書かれた一文。
 飽きるほどいくつも。
 いくつもいくつも。
 日に何通も、届けられるそれ。
 情報、という面においては、特化していると思われる、某カラーギャングのリーダー様でさえ、送り主は特定できないらしい。
 あるいは彼以上の何者かが、情報を操作してでもいるのかもしれない。

「面白い、面白いなぁ。本当に面白い」

 くつくつとのどを鳴らしながら、椅子をくるりと一回転させた。
 見慣れた室内の景色が回る。
 ふと、その途中。
 ぴこりと点滅するパソコン画面が目に入った。
 メールを受信したらしい。
 それをカチリと確認して。

「ふむふむ、なるほど、なるほどね・・・」

 一人、呟いて。
 もう一度無駄に椅子を回してから立ち上がった。
 素早い動作で。
 手に持ったのは携帯一つきり。
 椅子にかけてあったコートを羽織る。
 季節を気にすることのない、ファーのついたいつものそれだ。
 真っ黒な布に袖を通して、ふと思い出して探ったポケットから引っ張り出したのはライター。
 百円とかで売っている、安いプラスチックを操って、しゅぼりと白い封筒に火を点けた。
 見る間に灰になって燃え尽きるそれを、床に落ちることなど気にするはずもなく手から放して。

「波江さーん、俺ちょっと出かけてくるから。あとヨロシク」

 言いながら返事も聞かずに繰り出すのは、いつ見ても寒々しいばかりの、モノタイルの廊下だった。
 弾むような足取りで街へ繰り出していく。
 此処最近ずっと、面白くないことばかりだったけど。
 ようやっと少しは楽しめそうだなどと心の中で呟きながら。
 密やかな悪意はもうずっと本当はもっと前から。
 何もかもへ潜り込んでいたのだけれど。
 それを知るのはまだ、ただ彼だけである。





+++





 赤が、ひらめいた。
 赤、赤、赤。
 赤だ。
 男はうっとりとそれを見つめて。
 やがて恋焦がれるように溜め息を吐く。
 ああ。
 ああ。
 男の視界には、ただ一人の少女しか映っていない。
 退廃の気配濃い路地裏の廃工場、打ち捨てられて久しい薄暗い其処で、男が一人、佇んでいる。
 他には動く気配などない。
 濃い潮の香りが、其処が港のすぐ近くであることを教えていた。
 ああ。
 また違った。
 これも違った。
 やはり彼女しかいない、いないのだと。
 夢に浮かされたようにして呟いて。
 がさりとポケットから取り出した、一枚の写真を掲げて口吻けを送った。
 夥しいほどの赤の中で。
 錆びた鉄の匂いに囲まれて。
 男の、薄汚れたコートの袖近くでは、ひらりと赤い布が揺らいでいる。
 それは純然たる狂気。
 ただ求めているのは、彼女だけ。
 足掻くように手を伸ばして。
 求めるままに、頬を寄せて。
 映っているのは、一人の少女。
 求めるただ一人と、酷くよく似た眦の、それは。
 男はただ、呟いた。

「母さん」






To The NEXT → 


>>多分あとで加筆します。(`・ω・´)


(2011. 2.10up)


>>BACK