―― a tropical night ――
空調の壊れたままの部屋で睦む。
熱い。
それは空気の所為もあったし、気温もそう。
互いの体温、吐息、触れる肌。
全部だ。
全部が、熱かった。
「あぁっ・・・!!・・・はぁ・・・ぁ・・・あづっ・・・」
駆け上がる絶頂は一瞬で、二人、息を荒く吐き出せば、残るのは篭ったような気配だけ。
自分の上で思う様腰を振っていた黒い男の真白の肌も、今は薄赤い灯りの影。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
やはり上がった息にはいつもの透徹さなどはなく、なんだか笑い出したい気分になる。
「・・・っくく」
堪えずに喉を鳴らすと、むっと寄せられる整った眉。
薄暗がりの中、しかも影の中だって。
そんなものは手にとるようにわかる。
「む。何を笑ってるのさ」
わざわざ声に出さずとも、不機嫌は容易に知れたけど。
だからなんだと言うのでもない、触れ合った肌は少しだけ冷めて、だけどずっと同じで。
ぼたりと、男の・・・臨也の、頤の先から滴った汗が、静雄の上に落ちた。
「いいや?なんでもないさ。ただ」
言いながら親指の腹で臨也の頬を拭う。
ぬるりと湿るそれは汗。
この指はつい先ほどまで、青臭い畳を引っ掻いていた指だ。
熱が篭ったようなそれと、腐ったような藺草の匂いが微か。
鼻の奥で、燻るようで。
それにも笑いが胸の奥。
ふつふつとこみ上げてくるような。
くすくすと止まらない笑みを止めようともしないまま臨也の滑らかな黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
汗で少し湿り気を帯びた髪だ。
「ちょっとっ・・・シズちゃん?」
さっきよりずっと険のこもった声も、なんだかおかしくて。
「いざや」
呟いて口を塞いでやった。
何度も重ねて、もはや慣れた手順。
唾液とともに熱が絡んで、直に汗さえ混じりあう。
「んっ・・・ふっ・・・」
漏れる声がどちらのものかともわからぬまま、そう言えば繋がりを解いてさえいなかった自分の胎の彼がどくり、熱く脈打ったのを感じて、びくりと肩を震わせた。
熱い熱だ。
熱くて熱くて、溶けそうなほどの。
否、きっともう溶けきって。
混ざってしまった、それは思考。
熱でぼやけて。
熱い。
締め切ったままの部屋は、蒸すよう何かの腐敗した匂いに満ちている。
その中に混じるのはきっと、紛れもなく互いの体温で。
「あっ・・・」
微か離れた唇、知らず零れ落ちた声は、気怠さを帯びて熱く。
きっと甘い。
甘いのだ。
「シズちゃん・・・」
ずるり。
静雄をその躰で自分へと繋ぎとめる楔が、何処か胎の中とある一点を掠め、衝撃に身が縮こまった。
「ふふ。そんな笑ってばっかいるからだよ」
どうにも機嫌を直さないままの、臨也の笑った声が耳元を滑って。
そのまま。
汗と一緒に静雄の肌へと落ちていく。
また、こもる熱。
熱帯夜。
+++
ガラリ。
薄い窓を開け放しても、吹き込んでくる風は少しも冷たくなどなかった。
都会の喧騒の近く、こんな場所に吹き抜ける空気が、涼しいはずもない、何処かの家の室外機の熱が混ざって。
その上、むしろいっそ湿り気を帯びて熱い。
雨上がり特有の風。
今日は日暮れ前に雨が降っていた。
スコールのような一時的な豪雨でどしゃどしゃと辺りが水浸しになる。
その雨を。
この窓越しに見ていたのだ、覆い被さってきた臨也の向こう側で。
雨樋を伝って落ちる滴を。
ぼんやりと。
上がる自分の熱に翻弄されながら。
そしてその窓を今開け放った指が振り返る。
「ふぅ。風がないわけでもないのにちっとも涼しくならないね、窓を開けても」
ぼたり。
額に浮かんだ汗が、髪を張り付かせていて、遠い街灯と月明かり、室内の小さな赤い電灯に微か光を跳ね返している。
静雄はゆっくりと起き上がった。
のそりと窓の桟にもたれかかるようにしている臨也のすぐ傍まで寄って、湿った黒髪へ指を伸ばす。
吹き込むぬるい風は、少しも涼しさを運んでは来なかったけれど。
それでも、締め切っているよりはずっとまし。
りりりんと、季節など関係なく出しっぱなしの風鈴が、軽やかな音を微かに響かせた。
くしゃり。
今日何度も指に触れた髪。
ズボンだけを身につけた裸の胸は、貧相で白く、浮かび上がりながら、男のそれでしかない逞しさを確かに覗かせていて。
その肌が、先程まで静雄に触れていたのだ。
「何処見てんの?シズちゃんってば。やぁらしぃ」
視線の先を追ったのだろう、臨也が気付いたようにからかう調子で口端を歪めた。
かき撫でた髪を、ますます酷くかき回す。
「うっせぇよ、ばか」
くすぐったそうに片目を瞑る臨也の、猫のような仕草にふと、静雄の口端も歪んだ、笑みで。
「臨也」
汗の後を辿った。
湿った髪をかき乱す、この指先も何処か湿り気を帯びていて。
ぼたりと。
額から噴出した汗は、頬を伝って頤の先から落ちる。
その不快な感触さえ、なんだかどうでもいい気がする夜だ。
そっと寄せる唇は、何処へ。
吹き込む風は、ぬるく、微かで。
少しの涼も運んでは来ないけれど。
夜の帳は静かに・・・そして、密やかに。
夏を、押し流していくのだった。
りりりんと、風鈴の鳴る。
ぐしゃぐしゃにした湿った髪を、指先で感じながら。
Fine.
>>いや、暑いので。
(2010. 6.24up)
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