あ?
 静雄についてだ?
 そんなの聞かねぇ方が身のためだぞ?
 過ぎた好奇心は身を滅ぼすって言うだろうが。
 やめとけやめとけ。
 なんだ?
 せめて聞かない方がいいっつー理由を教えろ、だ?
 っち。
 ったく。
 しょうがねぇなーったくよ。
 お前、俺がこんな話したとか、誰にも言うんじゃねぇぞ?



―― please teach her ――




 ドレッドヘアの男は、いやそうにしながら、だけど親切にも教えてくれた。
 俺は緊張した面持ちで男の話を聞く。
 男はだるそうに煙を吐き出して、ふぅとまた一つ息を吐いた。
 多分心こそその話題を口に出すのがいやなのだろう。
 俺は一つ、生唾を飲む。
 深夜の池袋。
 皓々と点いた街の灯りは、消えることを知らず、行きかう人の波は、時間が経つに連れて増えていくようにすら思える。
 其処にも此処にも人の気配があった。
 そんな街角で。
 街燈にだらしなくもたれかかった男へ向かって、俺は酷く真摯な顔を向けていた。


 俺とアイツは中学が一緒でなぁー。
 ・・・・・・まぁ、後輩だったわけだが。
 ほら、なんつーの?
 アイツ見た目があれじゃねぇか。
 派手っつーかなんつーか。


 言いながら遠い目をする。
 俺も彼女を思い浮かべる。
 そう、彼女だ。
 平和島静雄。
 男のような名前で、そこいらの男より、というかいっそ人間を超えたような膂力を持ち、金の短い髪を靡かせて、高いヒールで闊歩する、誰が見ても美しいと思うだろう・・・つまりは美女と言うに相応しい女だ。
 整った顔立ちに豊満な胸、折れそうに細い腰と、程よく肉のついた尻まわりと。
 少々高すぎる身長など、気になりもしない、きっと誰もが彼女を見たら、一度は己が手で触れて見たいと思うだろう。
 匂い立つような色気を持った、そんな女。
 だが彼女は、ほとんど無表情で、多分彼女の笑い顔など、借金の取立て屋をしているらしい目の前の彼女の上司ほども、頻繁に目にする者はいないだろうと思われた。
 眉間にしわを立てて、険しい顔をしている時はともかく。
 確かに彼女は派手である。
 身長も、体系も、顔の造作も。
 化粧気などほとんどない割に、どうしてだろう華があった。


 あん時はまだ髪も黒かったんだけどよ。
 今よりそりゃぁ勿論子供だったわけだが、どうにもこうにも・・・なぁ?
 思春期には刺激が強すぎらぁ。
 その上当時すでにあの暴力は知れ渡っててな。
 まぁ、ほとんど同じ小学校出身ってのもあったんだろうが・・・公立だったからな。
 いっつも寂しそうな目をしてたよ。


 男の目が、遠くなる。
 きっとその時の彼女を思い出しているのだろうと思うと、俺の胸がざわついた。
 いっそ。
 いっそ自分が其処にいたら。
 そんなことすら思ってしまう。
 俺は男に視線で先を促した。


 きっかけはともかく。
 俺はちょぉーっとばかしアイツと顔見知りみたいになってな。
 卒業する時には懐いてもらってたよ。
 それでも、寂しそうな目は。
 いつだってしてたんだけどな。
 ありゃぁいっつも何かを諦めてきた目だ。
 ・・・つれぇよな。
 まだ14やそこらのガキがだぜ?
 ったく。
 どんだけのもんを、諦めてきたんだか。
 ・・・・・・と、言うか、俺が知ってるのなんてそれぐらいでな。
 その後知ってんのは・・・5年後。
 いや、6年後か?
 アイツが二十歳超えてからだ。
 警察署の前だったよ。
 真っ黒だった髪が黄色くなっててな。
 中学の時なんて比べ物になんねぇぐらい育ちきった躰を、窮屈そうにバーテン服に包んでて。
 驚いたのなんのって。
 まぁ、服装にもなんだが。
 ・・・・・・捨て置けなかったのかも知れねぇ。
 思わず声かけちまったのは。
 でだ。
 色々知ることになるわけだが。
 あいつの・・・今と言うか、なんというかを、だが。


 そうして男の言葉を、それこそ一言も漏らすまいと聞いている後ろで、どごぉっ!!
 と、派手な音を立てて何か爆風のようなものが通り過ぎた。

「いぃーーざぁーーやぁあぁーーーー!!!」

 ふ、と、振り返ると、今まさに話を聞いていた対象、彼女が、短いスカートも構わずに、物凄い勢いで駆け抜けていく。
 金の髪の残像。
 怒り狂った険しい顔が、ちらりと目に焼きついた。
 それはほんの一瞬だったのに。
 昼間より明るいぐらいの、毒々しい灯りの中で、彼女はだけど鮮烈だ。


 あぁーーー・・・まぁ、あれだ。
 あんな感じだ。


 男は顎で指し示した。
 見れば早いと言うように。
 そのまま。
 男は少しの間、俺が我に返るのを待っていたようだった。
 彼女の、金の残像に捕らわれた俺を。
 多分、哀れみの目でもって。


 ・・・・・・お前、悪いことは言いわねぇから、そのまんま関わんねぇ方がいいぞ?
 アイツのことも、もう誰にも聞くな。
 つっても、噂とかそんなんはどうにもなんねぇとは思うけどよ。
 それ以上は聞かねぇ方が・・・知らねぇ方がいい。
 ・・・なんだよ?
 納得しかねるか?
 だったらこれでどうだ。
 アイツの名前な。
 みぃんな間違ってる・・・つぅか、ほとんど誰も知らねぇんだけどよ。


 男は其処でいったん言葉を切って、真剣な表情で男を見る俺に・・・やはり、哀れむような目を向けた。
 溜め息を幾度も吐いて、酷く酷く躊躇った後で。
 一つ、口にしたのは。



 あいつさぁ、『折原静雄』ってーんだよ、少なくとも戸籍上はな。



 俺は思わず後ろを振り返った。
 見やった先では相変わらず土煙。
 けたたましい音を立てて・・・件の平和島(のはず)、静雄と彼女に追いかけられている、新宿の情報屋。
 彼女の天敵・・・・・・折原臨也が、人を盛大に巻き込んだ追いかけっこを繰り広げている。
 否、あのぶつかり合う殺気はいっそ殺し合いか。
 今男はなんと言った。
 ・・・・・・・・・折原?


 アイツら籍入ってんの、あれで。
 世間一般で言う・・・夫婦?
 どうやったかは知らねぇが、まぁ、はめられたっつーかなんつーか・・・静雄はいまだに認めてねぇみたいだけどな。
 でもどうにもなんねぇみてぇで。


 そこでまた一つ、盛大に溜め息を吐く。
 途中の『夫婦』のくだりなど酷く言い辛そうにしていたが、俺にはもうどうでもいいようなことだった。
 ただ、教えられた事実だけがぐるぐると頭をめぐっている。
 いっそ理解などしたくはない。
 したくはなかった。


 一緒にも住んでねぇし。
 どうなんだかって感じなんだが・・・臨也?か?折原の方がな。
 独占欲、つえぇんだわ、それが。
 そりゃそうだよなぁー・・・本人の了承すっ飛ばして、勝手に籍入れちまうぐらいなんだから。
 ぞっこん・・・つーの?


 あぁ、こんなんほんと、口に出したかねぇーー・・・恐ろしい。
 言いながら身震い一つ、固まってる俺にやはり一つ溜め息を吐いて、だるそうな動作で背を起こした。
 これ以上、話すつもりもないのだろう、足を進め、すれ違う傍ら、ぽんと一つ叩かれる肩。


 悪いことは言わねぇから、お前、もうほんとこれ以上誰にもアイツのことなんて聞くなよ?
 あと、くれぐれも言っとくけどなぁ、俺がこんな話したとかも、誰にも言うんじゃねぇぞ?
 もしアイツにバレでもしたら・・・いや、こっちのことだ。
 つっか、あれはつまり、犬も食わない・・・ってやつなんだからな?
 まぁ・・・諦めろ。
 な?


 言葉だけ残して歩き去る。
 俺は変わらず固まったままだった。
 動けるはずもない。
 そしてそんな俺の後ろで。


 っうわぁっ・・・!
 いや、いやいや、何も言ってない、言ってないぞ!
 俺がお前のこと、敵に回すわけねぇだろ。
 ほら、な?
 勘弁しろって。
 お詫びにアイツの機嫌、逸らしとくからよぉ。
 な?


 たった今まで、俺と話していた男の、怯えたような声がして。
 その気配が遠ざかるのと入れ替わるようにして、ぽんと。
 肩を叩かれた。

「なんだか楽しそうな話を、してたみたいだね?」

 何?
 君、シズちゃんのことを知りたいの?

 凍るような冷気と、動けなくなりそうな殺気に、それでもぎこちなく振り返ると。
 悪魔が。
 その存在を、余すことなく顕現したような男が、恐ろしいほどの笑顔で、其処にいたのだった。




 その後の俺のことなんて・・・聞かないで欲しい。


Fine.


>>第三者視点。トムさんに話を聞いてるのが誰かなどは知らん。・・・・・・帝人?←


(2010. 3. 8up)


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