ゆらゆらと・・・揺れる、影を。
 ただ、月だけが見ていた。



―― sick was moonlight ――




「ひっ・・・!・・・・・・ぁあ・・・!」

 あがる声は嬌声というよりは悲鳴だ。
 だが、男はそれに構わずに、女のパサパサした色の抜けた髪を、無造作に引っ掴んだ。
 後から圧し掛かるようにして繋げた腰はそのままで、掴んだ髪で引き上げた頭の先、耳元へねっとりと舌を這わせる。

「はっ・・・ぁあっ・・・」

 苦しげな息が、女の喉の奥から漏れるのへ、男は口端に笑みを刻んで、くつくつと喉を鳴らした。
 歪んだ逸楽の笑みだ。

「もっとだよ、シズちゃん。もっと・・・ね?」

 声はうっとうしいほど粘ついて、優しい、と捉えることも出来るような色でありながら、何処までも醜穢で毒々しく耳に流れ込む。
 女の躰へと打ち込んだ楔は熱く滾り、それを包み込む体温もまた、どうしようもなく男に愉悦を齎した。
 陶酔するような心地で、髪を掴んだのと逆の方の手は細い、過ぎるほどに細い腰をきつく捕まえて。
 揺する腰は、きっと、角度も相俟って女には苦しさだけを齎しているのだろうけれども、そんなこと男にはどうでもいい、ただ自分は今、女に触れている。
 その存在に触れている。
 それだけでよかった。
 女の色の抜けた髪は、金色の輝く。
 男とほとんど長さの変わらない短さのそれが、秀麗な額にかかって、白い肌に濃い影を落としていた。
 薄暗い部屋の中で、窓から差し込む月明かりだけが細く眩しい。

「あっ・・・はぁ・・・」

 男は荒く息を吐き出した。
 使う腰の辺りからはぐしゅりと湿った音がひっきりなしに流れ出て、女の腿を伝って落ちる。
 その液体が、例えば女から溢れ出した悦楽の波であるのか、あるいは男の執着の果てか、もう幾度目とも知れない交わりの中では、よく判らなくなっていた。
 女の柔い躰は豊満で艶めかしく、闇に慣れた男の目を充分に楽しませて。

「ほら、シズちゃん、君が言ったんでしょ?暗くしてって。俺、よく見えなくて不満だよ。でも君が言うから言うこと聞いてあげてるんだからさぁーーーもっと」

 啼いてよ。

 どさりと。
 掴んでいた髪を離し、躰を起こして、両手で腰を掴んで女の躰を深く。
 より深くと抉った。
 ぐしゅぐしゅなる耳障りな水音も、濃厚なる彼女自身の匂いも、全てが男を興奮に誘い、細切れにあがる女の声はもう擦れて。
 ゼイゼイと喉の奥の息は荒い。
 その荒さは、決して快楽の所為ではなかった。

「いざ・・・やぁっ・・・っ・・・!」

 呟かれた男の名は憎しみに満ちて、その色がより男を楽しませる。
 ぎしりと。
 女の握りこんだ手の中で、シーツの軋む音が響いた。
 あぁきっとこのシーツは明日の朝には。
 ただのゴミクズと化しているのだろうと、男は無感動に思いながら腰を使う。
 ひたすらに。
 馬鹿みたいに。
 単調な動きを、早めたり、抉ったりしながら、だが果てのない欲求はとどまることがなくて。
 しなやかな肌だ。
 白く滑らかで柔らかい。
 月明かりがゆらゆらと動いて、女の白い背肌に射した。
 それはあたかも彼女に刺さった一筋の白い太刀痕のようで。
 いっそ。
 それを浴びせたのが、自分であればよかったのにと、幻の傷跡に男は思う。
 思って、だから、手の届くところに置き去りにしていた折りたたみ式のナイフを、片手でぱちりと組み立ててすっとその背に刃を走らせた。
 揺れる動きのままに鈍る指先で、だけども結構な力を込めたのに、常の通りに刃はただ女の肌のほんの上辺だけを滑って、血さえ満足に滲みやしない。
 それは彼女の何処に衝き立てても同じで、少し深く刺さるとしたら、豊かに揺れる胸と柔らかな内腿ぐらいだ。

「ほんとに・・・シズちゃんってば頑丈だよね・・・」

 微かに刃先に流れた血を手を振ることで払い、残った滴は唇で受けた。
 それは男にとっては極上の蒸留酒より甘く。
 男は嗤う。
 ただ嗤う。
 歪められた口の端は狂気を孕み、毒々しくも艶やかだ。
 そしてそれは酷く美しい。
 惜しむらくは、誰の目にも触れえないことか。
 今この部屋にいるのは男と女の二人だけで、女はただ自らに降りかかる躰の熱に翻弄されるばかりだ。
 振り仰いで男を見ることなどなく、苦しげな息を、形のいい唇から吐き出しながら、どちらのものとも知れぬ体液で湿ったシーツに、揺れる躰を押し付けるだけで。
 疾うに彼女を纏う布などなく、尻だけを高く掲げるような体勢をとらされて、抗いきることも出来ず、ただ男への憎しみと恐怖だけを育てていく。
 男は、つと、躰を倒して。
 髪の毛先を鼻先でかき分け、白く滑らかな項へ唇を寄せた。

「シズちゃん・・・愛してるよ」

 そんな滑稽な愛の言葉を。
 呪いのように吐きかけながら。
 決して優しさの篭らぬ手で、細い腰をギリと掴むのだ。

「ぁあっ・・・・・・!ぁぁっ・・・!!」

 ほとんど声にならない女の細い息が、一際甲高く響き。

「はは。あははは。あはははははっ・・・!」

 後は男の哄笑だけが部屋を満たす夜。
 女は、涙で濡れた目で月を見て思う。
 細く、窓から覗く月明かりの、その一筋を見て、思う。
 いっそ。
 いっそ。
 自分の心ごと、この男と同じように壊してくれればいいのにと、そんな馬鹿なことを。

「いざや・・・」

 微かに吐き出した息は、男の名を象っていたけれども。
 男に届くことなど、決して。
 ありはしないのだろうと女は微かに目蓋を閉じた。
 この胸を焦がす憎しみが。
 彼にとっては路傍に吐く空気と何も変わりはしないように。
 男が女に向ける心が。
 女にとって少しの価値もないのと同じように。

「好きだよ、シズちゃん」

 毒々しい歪みを孕んだ男の声は、途方もなく甘かったけれども。
 その甘さは、月の光ほどの煌めきなど、少しも含んでいないのだった。

 湿った気配はとめどなく響く。

 月の下で。


Fine.


>>・・・これ、シズちゃんがおにゃのこである意味が欠片もない、のだが・・・orz


(2010. 3.10up)


>>BACK