「なぁ、臨也?」

 がつりと。
 掴まれた胸倉に頭の端が明滅して、臨也は流れ落ちる冷や汗を自覚した。
 静雄の目は血走って熱く、潤んだ眦は壮絶な色香に満ちている。
 彼の視線が欲に濡れていることを早々に悟って、臨也は今心底から逃げたいと思う。
 (ああ、どうしてこんなことに)
 あるいは。
 あくまでも立場が逆であることが救いだったのか。
 それすらもうよくわからなかったけど。



―― time of opening ――




 嫌な予感は、後から降ってきた。

 ちょっと用があって池袋に立ち寄ったら、何時ものように静雄に見つかって、何時ものように追いかけっこ。
 何時ものように適当な所で撒いて、嫌がらせに彼の家へと先回り。
 針金一本で無用の長物と化すそれに、ちょろいなと笑いながら、何時ものように彼が戻る前に痕跡だけ残して部屋を後にしようと思ったら、何時もと違って彼が部屋に戻ってきた、それは一体どういったことだったろう。

「っ!!ヤ・・・ヤッホー?」

 たらりと、冷や汗を流しながら、足でじりと後退る。
 部屋へ入る時、靴を脱いでいた自分を恨みながら。
 と、いうか、気付かなかった自分にも。
 まぁ、彼の部屋は1階の一番奥で。
 気付きにくいというのもあるのだけれど。
 窓の鍵は・・・開けていないし、その先も、人の通れる隙間など極僅かでしかなかった。
 しかも靴もない。
 のそりと。
 一歩部屋へ踏み込む静雄の顔は、影になってよくわからなかった。
 だが、その時はまだ臨也も、まずいと思ってはいても、それほどではなかったのだ。
 隙を見て彼の横をやり過ごして、逃げてしまえばいいと。
 あるいは1発2発食らってしまうかもしれないけれど、そんなことは今更だったし。
 だから、大丈夫だと。
 そんな風に思っていたのに。

「いぃーーーざぁーーーやぁーーーくん、よぉーーー」

 ゆらりと。
 低い声で呼びながら近づいてくる、伏せがちの彼の顔は、影になってよく見えなかったのにどうしてだろう、その口端が、笑みを刻んでいることだけが解って。
 しかもその笑みは、なんだかいつも彼が浮かべる皮肉気なそれとは違う気がした。
 ぺろりと、赤い舌が覗き、唇をなぞるように舐める。
 その仕草が。
 どうにも、彼に似つかわしくなく、背筋をぞくりと悪寒が駆け抜ける。
 頭が警鐘を鳴らしていた。
 (まずい、まずい、まずい、まずいっ・・・!!)
 何かはわからないけれど。
 現状が酷くまずいということだけが解って。 

「シ、シズ、ちゃん?」

 お、落ち着いて、ね?

 宥めるように両手を前に出してみるのだけれど、彼がそんなもので宥められるわけもなくて。
 がつりと、掴まれた胸倉に、頭の芯が火花を散らす。
 極近くで覗き込まれた彼のサングラス越し、薄い色の瞳は血走ってぎらぎらと光り。
 それが欲に濡れていた。

「なぁ、臨也?」

 赤く。
 赤く、濡れた舌が臨也の名を呼び、口端が歪んだ笑みを刻む。
 至極楽しげに。
 その唇に吸い寄せられるように目が離せなくなりながら、臨也は流れ落ちる冷や汗に、これはまるで悪夢のようだと思ったのだった。





+++





 これは、だから、一体どうして。

 臨也は、自分の躰の上で揺れる彼を見ている。
 落ちてきた悪い予感は、そのままなくなるはずもなくて、掴まれた胸倉、がつりと鼻の辺りに当たった彼のサングラス、貪られるように重ねられた唇。
 臨也は。
 はっきりいうとそういうことにあまり興味がなかった。
 そりゃ勿論人間は大好きだし、まだ若い身空で枯れているわけもない。
 それでも多分、人よりも淡白な方だという自覚があった。
 ほとんど熱くなったこともない躰。
 ただ、例えば彼と殺しあう瞬間などは頭の芯が痺れるように思うことも多かったけれど。
 でも、なんでこんな。
 戸惑い、躊躇いがちに抗う臨也になど構わずに彼は。

『うるせぇよ』

 そんな一言を吐き出して。

『なぁ、どうでもいいからよ、臨也。食わせろよ』

 どしりと床に倒された躰、彼に(彼と比べればよほど)非力な臨也など適うはずもなく、幾度も重ねられる唇と差し込まれる舌に不快感しか抱けなかったのに、はずされたベルトのバックル、差し込まれた手で其処を直接的に刺激されれば反応しないはずもなく。
 静雄は笑っていた。
 にやりと、欲に満ちた顔で。
 彼は。
 驚きと戸惑いに抵抗も力ない俺に構わず、自分で下半身をくつろげ、適当に後ろを慣らし、そして躊躇うことなくその身を沈めたのだった。

「あっ・・・はっ・・・・・・っぁんっ・・・」

 臨也の上で静雄が腰を振る。
 自分の躰の下に敷いた男のことなんて、ちっとも構わない風にして、ただ奔放に自分の快感だけを追いかけて。

「ふぁっ・・・ぁ・・・いざ、やぁ・・・あぁっ!」

 臨也の腹に置かれた手は、ただ彼を支えるだけで力なんて篭っていなかったのにだけど妙に熱くて。
 覗く赤い舌が堪らなく卑猥。
 欲に濡れた瞳は眇められ潤んで、なら。

「シズ、ちゃん」

 臨也の息も、いつの間にか熱く。

「いざや」

 吐かれた熱い吐息と一緒に、誘うように静雄の舌が臨也の名を刻んだので。
 ずっと。
 床におかれたままだった彼の手が、ゆるり、その白い頬に向かって手を伸ばしていく。

 どうして。

 そんな戸惑いと疑問は。
 何処かに、置き去りにされたままに。
 臨也の上で腰を振る静雄は、ただ艶やかなのだった。



Fine.


>>・・・・・・草食系?(−ω−)


(2010. 3.18up)


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