揺れる電車の振動が、気持ち悪かった。
首筋に当たる生温かい息も。
全部。
全部。
―― a pervert train ――
静雄が、公共機関を利用する、それだけでも珍しい。
それもこんな朝早く。
ラッシュの始まり始めた山手線外回り。
男に。
唆されるようにして乗り込んだそれ。
苦しいほどの人いきれは、否が応でも静雄の理性を削るのだが、今静雄はそんな何かなど関係のない常態に陥っていた。
首筋に息が当たっている。
荒い息だ。
ねっとりと背後から這わされるようにして静雄の躰には誰かの腕がまとわりついていた。
べったりと感じる、背中越しの体温は、だが慣れた男のそれで。
此処へ。
静雄を導いた男のそれに、他ならない。
「どうしたの?シズちゃん」
感じてるの?
ほとんど息だけを吐くようにして、微かな。
酷く微かな声で、言葉を呟かれる、これもまた、聞きなれた男の声で。
静雄は眉根を寄せた。
「止めろよ、臨也・・・」
やはり小さな声で返したけれど、それは臨也の発したそれよりは大きくて。
ねっとりと這うように。
静雄の胸を、腰を、服の上から辿っていた男の手は躊躇うことなく下半身に伸ばされる。
先程からそう、悪戯に触れては、掠めるだけ掠めていたその右手が、今度は意志を持ってチャックにかかった。
びくりと、静雄の肩が揺れるのに、その肩に後ろから頤を乗せるようにしていた臨也は、映った扉の窓ガラス越しに、静雄に笑いかけたのだった。
やはり見慣れた、チェシャ猫の笑みで。
「ダメだよ、シズちゃん。静かにしないと・・・」
周りの人に、気付かれちゃうよ?
唇が動いて。
其処から吐き出される息は、ほとんど空気を動かしたりしなかったのに、静雄にはやけにはっきりと耳に届くように思えて、頬が熱くなる。
気付かれる。
そう、気付かれる可能性があった。
此処は公共機関の中だ。
周りにいる人はみんな他人で、静雄にも臨也にも関わりのある人間など少ない。
それもこんな人の過ぎるほど多い中で。
身動きも満足に取れず、静雄は扉の角に押し付けられるようにして臨也の促すままの行動から外れずにいる。
静雄は、人より頭一つ分ほど背が高い。
それは、目立つ、と同義、誰も気にしないようにしていても、誰もが静雄の存在に、気付いている。
それは勿論、彼が・・・池袋の、自動喧嘩人形と、イコールだと思っていなかったとして。
多分今、同じ車両にいる誰もが、静雄の存在を知覚しながら、知覚しないでいたことだろう。
頬が赤く染まった。
反対に臨也は、周囲に完全に埋没されてしまっているから、今此処で気付かれるのは静雄のことだけ。
身動きもほとんど取れないような混雑の中で、背後にいる彼が、器用に静雄の躰を撫で回して、静雄の脳を熱く溶かしていることなど、誰にも気付かれないことなのである。
だったら、これはなんだろうと思った。
いやに綺麗に磨き上げられた、幾度となく人の息を押し付けらてきた窓ガラスが、はっきりと静雄の赤い顔を映す。
普段の彼の姿など何処にもなく、だんだんと粋を荒くしていく、浅ましい男の顔を。
「・・・あっ」
喉の奥から声が漏れた。
臨也の手は、ジッパーを下げて、既に下着に忍び込み、悪戯に其処を弄んでいて。
頭が、くらりと揺れた。
人いきれ。
熱い。
赤い、自分の顔。
静雄の、漏らした声に、臨也が笑みを濃くする。
首筋には、湿った感触がして、押し付けられた背後、ちょうど尻の下辺り、太腿に、臨也の熱をはっきりと感じられた。
頭の芯がくらくらして、躰が熱い。
口から漏れる息は自然荒くなっていって、ますます赤みをました頬に、きっと周りにいる誰もが、気付かないようでいて気付いているのだろうと思うと、静雄は酷くいたたまれない気分になった。
居た堪れない気分になって、だが、それに余計に興奮してしまって。
がたり、電車が揺れた。
その振動にあわせるようにして、臨也の右手が、酷く強く静雄を刺激する。
いつの間に引きずり出されたのか、生ぬるい熱気の篭った独特の車中の空気が静雄の先端に触れている。
ぬちゃりと、耳を侵す音が、静雄自身を犯すようで。
「やぁらしぃんだ、シズちゃん」
何?此処、こんなにして。
そんなやらしい顔をして。
いつもより感じてるよね?
言いながら嗤って、静雄の首筋に背後から息を吹きかける男の顔は、恐ろしいほど常と同じで。
この状況に興奮しているのは、彼も同じであることは、押し付けられた下半身で判っている。
だというのに。
そんな、何も感じさせないような涼しい顔でいることに、吐き気がした。
「下衆が」
吐き捨てるようにして息に混ぜて口に乗せると、ぎちゅりとそれが握りつぶされるようだった。
人いきれ。
独特の振動。
電車が揺れている。
それは、静雄の脳髄ごと、まるで溶かすように・・・。
朝の時間は。
まだはじまったばかりだ。
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(2010. 3.29up)
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