誓って言おう、あれは俺の仕込ではなかった。
 本当だ。
 だから。



―― midnight sun light 2 ――




 始まりは高校生時代に。
 気付いたのは偶然。
 新月の夜だった。

 俺はその時から既に一人暮らしをしていて、だから帰宅が深夜になることなどざらで。
 だからその日も、世も更けた時間。
 過度なほど煌びやかで、反面、薄汚れた街並の中、聞こえてきたのは声だ。

「ちょっと・・・やめなってば」

 通っていたのは繁華街から一本外れた裏通りで、この辺りになると、いつの時間も人通りは極端に少ない。
 少し奥まった角の先で、耳が拾った音は聞き覚えのあるそれで。
 中学時代からの友人、人畜無害そうな顔を眼鏡で覆って、その性悪な内面を見た目でごまかすことに長けた彼は、俺の友人と呼べる存在であるなら、多分、唯一だったことだろう。
 知り合いは多いし、何らかの目的の元、結ぶ人間関係も煩雑だ。
 だが、実際に俺のごく身近にいる人間など、本当は数えるほどしかいなくて。
 彼は、その筆頭のような存在だった。

(・・・?新羅?)

 いつも、腹の立つほど余裕を失わない彼の声が、妙に焦りを帯びているのに興味をそそられた。
 それでなくとも、好奇心は強い方だ。
 薄暗い路地裏に踏み入れる足は、期待に満ちている。
 何故、期待など出来たのだろう。
 何故、俺はその時、其処へ、足を踏み入れてしまったのか。
 否、結果的には、それでよかったのだけれど。
 でなければ。
 湿った音が響いた。
 ぴしゃり。
 後は衣擦れの音。
 暗く、薄汚れた建物と建物の間の細い隙間。
 人がすれ違えるかどうかぐらいの、その先で。
 更に奥、角を曲がった辺りから、音は響いている。
 打ちっぱなしのコンクリートは錆びれ、ともすれば服を汚しそうだと思い、眉を顰めながらも好奇心が勝った。
 なんとはなく、足音を忍ばせながら。
 今まさに、その角を。
 覗き見ようとした時だった。

「ねぇ、静雄っ!!」

 声は、悪友の声だ。
 変わらず。
 だのに、呼ばれた名はなんだ。
 耳に届く、湿った・・・何かを、舐めしゃぶるような音はなんだ。
 この、音は・・・。
 びくりと、肩が揺れた。
 嫌な予感がして、背筋を冷たい汗が伝う。
 だが、だからと言って、何ができるだろう。
 この角の先を、覗き込まないことなど、できるはずがないのだ。
 夜が落ちている。
 狭く暗い路地裏で、光りは満足に通らずに。
 角の先は、今通ってきた隙間より、幾らか広いようだった。
 そう。
 人一人が軽く、跪けるぐらいには。

「・・・・・・新、羅・・・?」

 目に飛び込んできたのは、ある意味で。
 見慣れていると、言えなくもない光景。
 決して多くはないが、この街で。
 少し後ろ暗い辺りまで行くと、見かけることがある。
 俺は趣味もあって、特にそういう人のどす黒い背面みたいなものを、好んでよく目にしていたから、見たことがない、だなんて、そんな白々しいことは言わない。
 だけど、それでも。
 これはないと思った。
 薄暗い路地裏で。
 其処に立っていた人影は、思っていた通りの人物。
 見慣れた・・・というか、毎日見ている、昼も着ていた学生服そのままで、下にいる誰かの方を押して、必死に行為を押し留めようとしている、風変わりな友人、岸谷新羅だ。
 問題は、その下。
 彼の前に跪いて、股間に顔を寄せて、細い指で押し留める新羅に抗っている金色の髪。
 光りも、満足に届かない路地裏だった。
 暗く。
 月明かりなど、当然ない、星も濁って見えやしない。
 だが、繁華街特有の、眠らない光が微かに漏れて、真っ黒に塗りつぶされてしまうこともない。
 何処かの店の窓から、オレンジ色の灯りが差していた。
 その下で。
 黒い影のような新羅の足元に、跪いている、その金色を。
 どうして見間違うことが出来ただろう、どうして。
 そんな薄暗い中で、彼の髪だけが鮮やかに。
 俺の目に映る?

「って・・・シズ、ちゃん?・・・一体何して・・・」

 舌が縺れて、上手く言葉が紡げない。
 俺の声に、いち早く気付いた新羅が、驚きに目を見開いて、ついで安堵の息を吐く。
 彼は振り返らない。
 まるで声などちっとも聞こえていないみたいに。
 無反応な彼に何故だか妙に苛立ちながら、その苛立ちに後押されるように少しだけ我に戻る。
 自分を、そっくり取り戻すとまではいけなかったけれど。
 歪な笑みを、口元に貼り付けた。
 暗い、路地裏で。

 誓って言おう。
 あれは偶然だった。
 本当に、偶然だったんだ。

 その偶然は。
 まるで何かに導かれるようにして。
 ただ俺の目の前に佇んでいる。
 見慣れた、見慣れたくもなかった人の形をして。



To The NEXT → 


>>臨也さんが普通っぽい連載パート2、やっぱり普通っぽい・・orz


(2010. 3.27up)


>>BACK