ぎゅっと、握り締める。
縋りつくように。
男の肌は、服越しでも解るほどに熱く。
だから。
―― I don't separate ――
まるで腐った果実のようだと思う。
一目惚れなんて信じない。
それでも。
それ以外、この感情につける名前なんてなくて。
「っち」
一つ、舌打ちした。
休日の昼下がり。
気怠い気配が、辺りに満ちていた。
世間一般のそれと、重なることの少ない静雄のそれが、珍しくも重なった日曜日。
休日といっても、特にすることもなく、暇を持て余してぶらり、街に足を向ける。
駅に近づけば近づくほど、辺りは若い喧騒に満ちて、なんだか自分が酷く異質に思えた。
暑すぎず寒すぎない初夏の気候。
空は晴れ。
何処までも続く青。
身に纏うのはTシャツにジーンズ。
寝巻きにも等しい、何も気にしない服装だが、だからこそ透ける下着と、胸元を押し上げるはちきれそうなふくらみに、ちらちらと視線を向ける誰かがいたけれど、それがなんだというのだろう。
そんなことには真実気にも留めず、静雄はふと、立ち止まった。
慣れた不快な匂いを感じたからだ。
それは多分、本当に香るものなわけではなくて、どちらかというと気配。
あの、例のあの男の放つ、独特の澱みのような物。
だが、それを静雄は『臭い』と感じるので。
ともかく、それが、すぐ近くにあることを感じて、足を止めて。
ふと。
心が酷く、ざわついた。
打った舌打ちは違わずそれ。
くるりと、踵を返す。
今日はなんだかあの男に、会いたくはなくて。
匂いの濃い方から遠ざかるように足を進めた。
なのに。
それはまさに一瞬の出来事。
一つ、息を飲む間に、驚くほどあの男の気配が深くなる。
すなわち。
「逃げるの?シ・ズ・ちゃん」
男が、恐ろしいほど近くに移動してきたということ。
あまつさえ、弾むような声は、耳元へと滑り込んで。
振り向きざま後ろへと飛び退った。
気配はわかっていたのだ。
問題はそれではなくて、男の動きが、静雄の思っていたそれよりも早すぎたというだけ。
「ぃいぃざぁやぁあっ!!」
腹の底からとどろかせた怒声にも、退治する男は涼しい顔を崩さない。
「なぁに?臆病者のシズオくん。珍しいよねぇ、俺がいること、わかってたんだろう?なのに遠ざかろうとするなんて!」
大仰な身ぶり手ぶりで、歌うように言葉を繋げながら満面の笑みを顔に貼り付けたその男に、静雄は心底から眉根を寄せた。
イライラする。
酷く、腹が立つ。
男を見て、そう思わない日がないほどに、馴染みの感情でしかなかったけれど、今日は常よりも一段と酷い。
「うっせぇえよ!」
声を荒げた。
だが、それだけ。
何時もならとっくに繰り出している拳を、どうしてだろう、今日だけは振り上げる気にならない。
イライラするままに、何かに当り散らしたい衝動を、だのにどうして堪えているのだろう。
我慢、なんて。
しないと決めて、もう随分と久しいのに。
それでも。
自分で自分が良くわからない。
肩が震えて、怒りが、全身から迸りそうなのに、何故だかそうせずに男を睨みつけている。
「・・・・・・シズちゃん?本当にどうしたの?らしくないじゃない」
シズちゃん。
いまだもって繰り出されない暴力に、流石に訝しく思ったのだろう、男が怪訝そうに首を傾げながら、一歩足を前、つまり静雄の方へと踏み出す。
びくり、知らず、大げさなほど大きく肩が震えた。
「来るなっ!!」
近づくんじゃねぇ。
ふるり、頭を小さく横に振って、顔を俯けて。
じり、足を後ろへとずらす。
何が、あったのか、だとか、そんな。
多分、大したことではなかった。
まして、今日という日が、何かあるわけでもない。
ただ。
今日、男の匂いを感じた時、男は一人ではなかったのだ。
それをも同時に気付いてしまって。
もっとも、すぐにも離れたようで、結局は一人で静雄に近づいてきたのだが。
それだけ。
今日あった、いつもと違うかもしれないことなど、ただそれだけ。
例えば、そのもう一人が、多分女であるだとか。
いつだって毒々しいばかりの男の気配が、どうしてだろう、ほんの少し、今日は柔らかいように思えただとか。
そんな、今までだっていくらでもあった、どうでもいいような事象。
ただ、それだけなのに。
それが、どうして、今日に限って。
理由を、静雄は知っていた。
否、今は、静雄以外には誰も知らない。
胸が痛んだ。
どうしようもないくらいイライラして。
痛くて。
終いには、躰全部が痛いような気までしてきて。
だから静雄は、今日だけは。
男に会いたくなかったのだ。
今までと、今日と。
理由はただ、一つだけ。
静雄がほんの数刻前に。
その事象に気づいたというだけ。
それだって今も、男が一人であったなら、今までと何も変わらなかっただろう。
あるいは、男にも告げていたかもしれない。
今はもう、そんな気はなくなっていたけど。
震えるぐらいに拳を握り締める。
ぷつり、傷ついた手のひらから、凝った鉄錆の匂いが滴り落ちてきたけれど、そんなこと何も気にせずに。
唇も、噛み締めた。
ぎゅっと。
禍々しい鉄錆びは、口の中にも広がって。
なんだか自分が、酷く遠くに感じた。
そして気付くと、手を伸ばしていた。
男に。
そうしようと、思ったわけではない。
ただなんだか堪えられないような気がしただけなのだ。
「えっ?!ちょ、シズちゃんっ?!」
いくらか低い位置にある頭を鷲掴んで。
引き寄せて、唇を圧し付けた。
男のそれへと。
ガチリ、歯がぶつかる硬い音が響く。
今二人がいる道筋は、表通りからは一本はずれてはいたので、それほどに人通りの多い場所ではなかったが、それでも、辺りに人が皆無というわけではない。
もっとも、この二人をこの二人だと認識して、その上で同時に見て逃げ出さない人間は酷く珍しかったので、いたとしても遠巻きに距離を取ってはいたのだろうが。
そうして二人の行動にざわついた気配は、その遠い人波の辺りで。
だが、静雄がそれに、構うはずもなく。
他人の視線など、今更。
ぬるりと舌を突っ込んで、歯列をなぞった。
濃い、鉄錆の味が、鼻腔いっぱいに広がっていく。
「はっ・・・ふ・・・」
かすかな唇の隙間からは、喘ぎともつかない苦しげな息が漏れて、見開いたままの男の視線を感じながらも、ぎゅっと硬く目を瞑った。
頭を掴んだ手指で、手触りのいい、するり、解けるような短い黒髪を掻き混ぜる。
角度を変えて、唇を弄って、髪を混ぜるのとは逆の方の震える手指で、男の躰を薄くなぞった。
暑苦しいファーを掻き分けて鎖骨、Vネックのシャツの襟縁を辿り、触れると見た目より厚い胸元を通って、下腹まで。
ぴちゃり、飲み下しきれない唾液が、唇の端からこぼれ、頤を濡らす。
指が瘧のように震えていた。
まるで力を込めすぎた戦慄きのように。
白く、静雄の部位の中でも特に女性らしい細い指先が、ベルトのバックルにかかった時。
ぱしり、流石にその手は掴まれたのだった。
「シズちゃん」
押し退けるようにして離された唇から、執拗な口吻けの名残が、細い糸のような余韻を残して立ち消える。
はふりと吐いた息は、自分で思うよりも酷く熱くて。
「いざ、やっ」
焦れるように名を紡げば、ぐいと引かれる腕はいっそ強引なほどに。
どさり、壁にぶつけられた背、崩れた姿勢に視界が暗く翳った。
薄汚れた赤茶けた煉瓦が、男の向こう側、酷く近い。
それに其処が、狭い路地裏だと知って。
静雄はぎゅっと眉根を寄せた。
酷く苦しい。
苦しくて苦しくて仕方なくて。
縋るように伸ばした手が、らしくないことなんてわかっている、だけど。
それでも。
伸ばさずにはいられなくて。
手は。
しっかりと男に掴まれた。
求め合うように絡む指先に目尻が熱くなる。
「いざ、やあぁ・・・っ」
自分でも驚くほどに、頼りない声。
「っ!シズ、ちゃんっ」
感極まったように男の熱が近づいて。
重なった唇は、さっきよりもずっと荒々しく、互いの粘膜を刺激しあう。
「うっ・・・ふっんんっ!っん・・・」
ぴしゃりと水音が路地裏に大きく響いて、男の指が焦るようにTシャツの裾からもぐりこんだ。
撫で回される滑らかな肌、男の指の感触に、びくびくと躰の震えが止まらない。
熱かった。
下腹をなぞるように這って、くびれた腰に添えられるようずり上がる手指。
そのまま、すぐに胸元まで。
豊満な頂きを包む下着を押し上げて、圧し潰すように素肌に触れた。
「んんっ・・・!」
乱暴な手つきで揉みしだかれるのに、肩を震わせつつ、静雄はやはり震える手でガチャガチャと耳障りな音を響かせて、男のバックルをくつろがせる。
今度はそれを妨げるものなどない。
下着をかきわけて引きずり出される、熱い象徴。
絡めた指も疾うに離れて、もう片方の手は、先ほどと同じように男の髪を掻き乱す。
反対に男の器用な指も、静雄の下肢を手早く露わにしていって。
腿を布越しに掠めたかと思うと、次にはジーンズを引き剥がし、白い肌に手指の痕を残していく。
ともすれば傷つきそうなほど、手加減のない強さで掴んで。
交歓した唾液と吐息、頭の芯がぼうっと熱を持っていた。
「んっ、ふっぁ、ぁあっ・・・!」
唇が糸を引きながら離れるのと、男の指が、胎の中へと潜り込むのが同時。
ぐちゅり、水音を伴った衝撃に一瞬止まった静雄の手も、不器用な仕草で男自身を撫で擦る。
きゅっとまとわりつくように握りこんで、先端を親指の腹でぐりと抉った。
「んっ、ぅっ・・・凄い、シズちゃん・・・此処、もうびしょびしょじゃない」
こんなに濡れて。
詰めた息は一瞬。
水音が響きそうなほど分泌液に塗れた静雄の其処に、嬲るような言葉を男は耳元に注ぎ込む。
そのまま這わされる舌も、ぴしゃり、卑猥な音を立てて。
「あっ、あっ、いざやっ、いざやっ」
揉みしだかれて形を変える柔らかい乳房と、遠慮なくまさぐり抉られる下肢に、疾うに上がっていた静雄の息がますます弾み、喘ぐ甘さはもういっそ溶けそうなほどで。
脳髄まで熱に犯されたような快感。
ぐちゃぐちゃと耳の奥に響くように掻き乱されたのは、果たしてどちらの体液だったろうか。
静雄の手が、男の手の動きに合わせるようにして男自身を擦り上げる。
しっかりと芯を持ち、ほとんど天を衝くような其処はすでにぬらぬらと滲み出した体液に湿って。
「くっ・・・ちょ、シズちゃんっ・・・!がっつきすぎだってばっ・・・どうしたのさ、今日は・・・」
男の声も、戸惑うようでありながら余裕が少なくなっていた。
下着ごと落とされたジーンズは足首でわだかまり、持ち上げられた太腿に、片足が完全に自由になる。
そのまま白い肌を、静雄の胎からあふれ出た体液がつと伝い落ちた。
視界の端で捕らえたその卑猥さに、男の喉がごくりと音を立てて。
「あっ・・・はっ・・・いいっ!いいからっ、はやくっ・・・!」
ほんの少し、躊躇うようにしていた男に構わず、持ち上げられた足を自らで男に絡めて、興奮故か震えの止まらない指先で、男自身を自分へと導いた。
熱く固い切っ先が、しとどに滴を垂れ流す静雄の洞にぬらりと触れて。
ぐちゅっ、圧し潰すような水音とともに潜り込んでくる。
「くっ・・・ふぅ・・・んんっ・・・!!」
息を詰めて、熱を呑んだ。
下肢で。
待ちわびていた劣情に、胎の奥が熱くなる。
そのまま満たして欲しくて、はしたなく腰を揺らした。
ずちゅずちゅと混ざり合って泡だった互いの体液が滴り落ちていく。
ぐぷりと貪欲に男を銜え込む静雄の胎は、まさにそのまま男ごと呑み込んでしまいたいとばかりに男に絡み付いて。
静雄の耳元で男の吐く息が、荒く、短く、忙しなくなっていく。
はじめから堪えるつもりなどなかったのだろう、乱暴な男の腰使いは、揺らぐ静雄の躰をまるで食い破らんばかりだ。
戦慄いて、震えて。
男の肩にしがみついて。
もっと。
もっと奥まで。
「あっ、あっ、あっ・・・!いざ、ゃっ!ぃざやぁああっ!」
絶えそうな息で男の名を呼んだ。
甘く掠れ始めた響きが、もっと更に脳を白く暈していく。
高いビルとビルの間。
此処は影になっているから、陽の光は直接は差し込まない。
それでも、充分明るいこんな時間に。
誰に見られるとも知れない、少し覗き込めば二人の様子など余さず目に飛び込むだろうこんな街中で。
自分でもどうかしているとしか、思えなかった。
だけど欲しい、欲しいのだ。
この熱を堪えられない。
もっともっと深く欲しかった。
静雄の奥の奥、胎の中全部満たして欲しかった。
だから男を呼ぶ。
縋りついて。
「いざっ、やっ、ぃっ、ざやっ、ぃざやぁあっ!!」
言葉を形作るのも苦しい息の狭間で、求めるのはただ一人。
縋りつく男の躰は、ほとんど着崩されていない服の上からでも、はっきりと感じられるほどに熱い。
がくがくと揺さぶられて、視界ごと覚束なくなる。
びしゃびしゃと絶えることのない水音を響かせながら、男が激しく静雄の胎に圧し挿ってくる。
熱かった。
熱くて、震えそうで、だけどまだ足りなくて。
ぶるぶると戦慄くような快感、それでもまだ、もっと、もっと。
ぱしり、ぱしり、肌の打ちつけられる音がして、ぎりぎり深く、男の限界まで其処を犯されていることはわかっていたけれども、ただひたすらまだ足りないと思って。
ただ熱さが欲しくて。
男の腰に足を絡めて、もう片方の足も、爪先がつくかつかないかの不安定な姿勢は、いつもよりずっとつながりを深くしていたけれど。
背中が、薄汚いコンクリートに擦れる。
押し付けられる男の躰もただひたすらに熱い。
豊満な胸が押しつぶされるように形を崩して男の胸に、触れていた。
「うっ、くっ・・・シズ、ちゃんっ、シズ、ちゃんっ」
繰り返される静雄の名前。
うわ言めいて荒い男の息。
泡立つ体液を伴って、激しく出し挿れされる蜜口は、もう熱さしか感じられない。
躰の奥深くまで抉られている。
腹の底の底まで犯されている。
最奥のもっとも熱く感じるところを絶え間なく衝かれて、脳みそがだんだん茹ってくる。
もう何も考えられない。
ただ男の熱しか。
これが奥を満たすことしか。
ただそれだけが欲しくて。
「あっぁあっ・・・!いざゃぁあああああっ!」
この日一番の震えが、躰中に走った。
「うっ・・・くぅっ・・・シズっちゃんっ・・・!」
ぐっと男の、食いしばる息が詰められて。
揺れる間に、静雄の仰向けて仰け反らされた首元に吐き出された。
「ぁぁああああぁぁぁああああっ・・・・・・!!!」
ぶしゃり、奥に叩きつけられる熱。
衝撃に、ひときわ高く上がる声。
きっと子宮口を汚しつくしただろう白濁に、躰の奥が満たされる。
びくりびくりと躰が震えて。
それが落ち着く前に、下腹がつきりつきりと痛みを発しだした。
痛むのは、きっと、ちょうど今熱で満たされたその先だ。
多分、きっと、ずっと。
もしかしたら、痛みはあったのかもしれない、激しい行為の間も。
ただ快感に目がくらんで、静雄がその痛みを拾えなかっただけで。
痛みを発するその場所が、少し、張ったような感じがする。
理由は、多分。
静雄は知っていた。
知っていて。
「あっぁっぁっ・・・・・・」
吐く息はまだ荒く、がくがくと震えるままの躰で。
ずるり、絡みつく体液とともに萎んだ雄が抜け落ちていく。
こぷりと、腿を零れ落ちた白濁が伝う。
震える手を、縋っていた男から離して、両の手で痛みを発するその場所を覆った。
「ぐっ・・・ぅうっ・・・!」
ずるずると躰から力が抜けていく。
それは決して、行為の所為というのではなくて。
「シズ、ちゃん・・・・・・?」
呆然と戸惑うような男の声が上から降ってきたけれど。
静雄の意識は白く掠れて。
ぎゅっと瞼をきつく閉じた。
どさり。
崩れ落ちた躰は、ところどころ剥がれたままのアスファルトに打ち付けられて。
「シズちゃんっ・・・!!!」
悲鳴のような声が、微かに聞こえた。
嗚呼、それだけ。
手は何にも伸ばされない。
ただ、今にも零れ落ちそう何かを、決して取りこぼさないように。
ただ、それだけのために。
嗚呼、臨也、臨也。
これはお前を縛る鎖か?
それとも。
もう、離せない、俺の妄執か。
遠い空は青い。
To The NEXT → ■
>>禁断オンパレードな感じの!(*゜∀゜*)←満面の笑み。
(2011. 5.26up)
>>BACK
|