だって縋りついたりなんかしたら・・・壊しちまうじゃねぇか。
 (いっそ壊れちまえとも思うのだけれども。)



―― turn to back ――




 実を言うとその関係は高校の時からだ。
 俺は勿論臨也を初めて見た時から気に食わなかったし、ヤツもヤツで気に入られようなんてしていなかった。
 だけど多分、ヤツなりに思うことがあったのだろう、俺だって今より馬鹿で、あいつの企みに気付かないなんてこともあって、だからなるべくしてそうなったのか、あるいはアイツが巧み過ぎたのか、気づけば俺はアイツに組み敷かれていた。
 今思っても不覚の一言だ。
 何故もっと抵抗しなかった、当時の俺。
 そんなことを思っても本当に今更、後の祭り。

「やっぱり来たね、シズちゃん」

 そしてヤツは今、俺の目の前で笑っている。
 機嫌のいい、にやけた面。
 何かを企んでいます、と言わずとも知らしめているような顔で、だ。
 俺は舌打ちした。
 むしゃくしゃしてイライラする。
 だけど握る拳をヤツに向けることはしない。
 否、多分・・・出来ないのだ。
 まるで条件反射のように。
 新宿のとある公園、暗い街灯の下。

『いつもの場所で』

 唇だけで囁かれた場所は此処だ。
 もう何度だって繰り返している。
 俺はその公園の入り口から橙色の鈍い光の下のヤツを見ていた。
 ヤツは笑って、応えない俺に構わずに踵を返す。

「じゃぁ行こうか」

 シズちゃん。

 ヤツの声はいつだって透徹だ。
 凍てついた氷のように冷たく、透き通った大気より蒼い。
 だと言うのに、俺を呼ぶ。
 その言葉だけが熱くて。

「っち」

 俺は舌打ち一つ、ヤツの後ろへ続いた。
 暗い公園の先はヤツの住むマンションの一室。
 それを既にわかっていながら、俺の足は逆らわず。
 ただ、ヤツの後ろへ続く。
 これは高校の時から。
 幾度だって繰り返されてきたことだった。
 向かう先は変わっても、この公園は変わらない。
 だからきっと、条件反射のようなもので。
 それさえも酷く腹立たしく思うのに。
 握りこみ、次第に血さえ滲み出した拳は、だがヤツに届けることが適わないのだ。
 俺の望みとは裏腹に。





+++





 そうして俺は臨也に組み敷かれる。
 真っ白で整いすぎたシーツの上、コイツの匂いしかしない部屋で、いつの間にやら容易く衣服をひん剥かれ、白い、らしい肌を晒して。
 そして俺はその間、人形のようにほとんど抵抗しないでいる。
 否、出来ないのだろう、間違いなく刷り込みだ。



『お前、俺に何をしやがったっ!!』

 はたと我に返ったいつかの夜、掴みかかる俺に臨也は笑って。

『くくっ・・・はははっ!あははははははは』

 ひとしきり笑って。
 それはもう狂ったように。
 うっすらと背筋が寒くなるような笑みで。
 笑って。
 そして。
 近づいた顔、舐められた唇、耳朶に噛みつかれ、痛みと流れ出た冷たい感触に、血が流れ出ていることがわかった。
 だけどやはり、動けずに。
 胸倉を掴み上げて顔を知覚して、だけどそれ以上動けずにいる俺に。

『内緒』

 臨也は笑った。
 まるで馬鹿にする笑みで。
 ぞっとするほど艶やかに。



 その後も俺は変われずにいる。
 こうしてコイツの言うとおりに、後についてきてしまっているのがいい証拠だ。
 俺は何も変われずに、今日もやはり組み敷かれ。

「あっ・・・はっ・・・」

 熱い息を吐き出した。
 臨也を。
 見上げる目にだけは、ぎらついた殺気を漲らせて。
 だってそれしか出来ないのだ。
 いっそ滑稽なほどに。
 ただ。

「シズちゃん」

 ヤツは笑う。
 本当に機嫌よく笑う。
 熱い息を隠さずに笑う。
 笑って俺を暴いていく。
 そうして。

「あぁ、シーツ、千切れちゃうじゃないか。駄目だよ、シ、ズ、ちゃん!」

 ヤツの言うようにシーツを握り締めた俺の手をやんわりと、それこそまやかしの優しさで包んで。

 いっそ俺の背に手を回せばいいのに。

 なんてさせもしないことを嘯いて見せるのだ。
 そんなこと出来るはずもないだろう?
 否きっとしてしまえれば楽になるのだろうけれども。

 そうして俺は今日も、シーツを引き千切りながら、溺れそうなヤツのもたらす快感に酔う。
 酔って酔って酔って。

「あぁっ!!!」

 上がる自分の声は、吐き気を催すほどに気色悪かった。


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>>静雄が『透徹』なんて言葉を知ってるとは思えない。けど、其処はそれ。処でこれ何処まで続くんだ?って、一応全8話予定なんですけどね!てへ。←


(2010. 3. 7up)


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